高校生がキャリアを考える上で、世の中にはどのような業界があり、どのような企業があるのかを知っておくことは重要だ。高校生のほとんどが、社会に出れば、企業で働くことになるし、早い段階で業界や企業について知識があれば、それだけ進路選択の幅も広がることになるからだ。一方で、高校生は社会との接点が少なく、自分の力だけで情報を得るには限界がある。 そんな時、私が有益なツールだと思うのが『会社四季報 業界地図』(以下『業界地図』)だ。高校生がもし『業界地図』を使って、自分のキャリアを考えるとするならば、どのような使い方があるだろうか。『業界地図』の副編集長を務める、東洋経済新報社の中山一貴さんに話を伺った。
—はじめに、『業界地図』とはどのような本か教えて下さい。
『業界地図』には今年であれば172業界、4030社が収録され、世の中にはどのような業界があり、そこにはどのようなプレイヤー(企業など)が存在しているのかが、ビジュアルで分かりやすく掲載されています。各業界で規模の大きい企業はなるべく右上に掲載し、企業同士の親会社子会社の関係や、提携関係については、企業同士を矢印や線でつないでいます。各業界の好不調は天気マークを使って表し、担当の記者が書いた記事を掲載しています。
—記者の方は各業界に精通されているのですか?
記者は2〜3年のローテーションで、それぞれの業界を担当し、各業界の専門家になる意気込みで日々取材に当たっています。企業側の窓口である、広報やIR(投資家向け広報)担当の社員、時には社長や役員に話を聞くこともあります。資料集めで図書館に行くこともありますし、あらゆる手立てで、情報収集を行います。『業界地図』には、記者が集めてきた172業界に関する情報が凝縮されているのです。
—『業界地図』には、記者が心血注いで得た情報が詰まっているのですね。では、実際に高校生にとってはどのような使い方をお勧めしますか。
高校生にお勧めの使い方は3つあります。
1つ目は先頭ページからパラパラめくってもらって、世の中にはどのような業界があるのかを把握することです。高校生にとってはCMで流れているような、食品や自動車業界はイメージしやすいかも知れません。逆に、半導体や医療機器などの業界は、そもそもこのような業界があることすら知らないという方が多いのではないでしょうか。そこでまずは、全ての業界に最後まで目を通し、様々な業界があることを知ってほしいと思います。気になる業界があれば、ページの端を折ったり、付箋を貼ったりして下さい。
2つ目は、気になる業界からで良いので、それぞれの業界のページをじっくり読むことをお勧めします。各業界には、どのような企業が存在するのか。どの企業がトップで、どことどこの企業がつながっているのかを確認すると、各業界の動向に詳しくなることができます。さらに、トヨタ自動車や味の素といった、テレビでよく目にする企業以外にも、例えば村田製作所のように、日本を代表し、世界中から頼りにされている企業が数多くあることが分かります。
3つ目は、もともと気になる企業があれば、索引を引いてみることです。例えばトヨタ自動車を引くと、トヨタは沢山の業界に登場します。それだけ様々な事業を行っていますし、様々な企業と手を組んでいることが分かります。「次世代自動車」のページを見れば、トヨタが多くの企業に出資していて、最先端の技術開発を行っていることが分かります。気になった企業が、未来に向けてどのような取り組みを行っているのかも理解できます。
さらに、各ページの左上にある職種ガイドを読むこともお勧めします。職種ガイドでは、各業界にどんな仕事があるのかを1つずつ紹介しています。高校生にとっては、職種を知ることも大切です。定番の職種も紹介していますし、中には銀行業界のIT技術者の様に、今後その業界でますます必要となる職種も紹介しています。これもパラパラとで良いので、どんな仕事があるのかを知る手掛かりにして欲しいと思います。
—巻頭には「次世代自動車」のように、注目業界が特集されていますね。
はい。編集部で特に注目すべき業界を毎年20業界ほど選んで掲載しています。注目業界を見ると、今世の中で何が盛り上がっているのかが分かります。今年であれば、AIや宇宙開発、カーシェア・ライドシェアやスマート農業などですね。
—『業界地図』に限らず、企業を知る方法があれば教えて下さい。
まず、気になる企業があればホームページを検索することです。特におすすめしたいのは企業の採用情報のページです。ここには、就職希望者向けに、企業の魅力や特徴が凝縮して紹介されています。私も企業の情報を調べるときに採用情報を良く利用しています。採用情報のページに書かれている「欲しい人材」を知ることで、企業の目指す方向をイメージすることができるからです。採用情報がなければ、事業内容のページを確認してみて下さい。
次に、両親や親戚といった身近な人に、仕事について話を聞いて欲しいと思います。ホームページで調べることも良いですが、直接人に会って話を聞く方が、よりリアリティがあるからです。私たちも、人に取材をして、書籍や雑誌を作っています。高校生にとっても、身近な人に仕事の話を聞くことは、業界や企業を知る大きなチャンスになると思います。
—両親や親戚をはじめ、社会人に話を聞くときに心掛けると良いことはありますか。
まず、相手に会う前に、ホームページなどを使って、調べられることは調べることです。調べれば分かることまで相手に聞いてしまっては「こんなことも知らないのか」となってしまいます。逆に「こんなに調べてくれたのか」となれば、色々と話をしてもらえたり、深い関係が築ける可能性もあります。さらに、聞きたいことは事前に箇条書きにして整理しておくことをお勧めします。
—『業界地図』以外にも、東洋経済新報社では『就職四季報』という大学生の就職活動向けの本が出されています。これについても高校生に役立つ使い方はありますか?
『就職四季報』は、就職や働き方に関するデータが満載です。企業にアンケートを送り、有給消化日数や採用大学実績、3年後の離職率など様々な調査結果を掲載しています。私は、『業界地図』と『就職四季報』を併用すると最強だと思っています。業界地図は紙幅の関係で、情報掲載量が限られています。そこで、気になる企業があれば『就職四季報』を使って、より詳しい情報を調べてみて欲しいと思います。企業のホームページには基本的に都合の良いことしか掲載されていません。『就職四季報』には離職率や採用大学など生々しいデータが掲載されています。この本は企業から掲載料をもらっていませんので、企業の良い面だけでなく、悪い面も掲載されています。
『業界地図』は全体を見渡す「森」で、『就職四季報』はもう少し詳しく深堀りした「木」といったところでしょうか。できれば、「森」も「木」も見て欲しいと思います。
—ありがとうございます。最後に、高校生、高校の先生方に向けてメッセージをお願いします。
先ず高校生に向けて。キャリアについて考えるのに早いに越したことはないと思います。大学生や社会人になってからは時間が限られます。もちろん今も忙しいとは思いますが、時間を作って、色々な人に話を聞いてみることを全力でお勧めします。高校生であれば、大人も損得なしに会ってくれるものです。大学生や社会人になれば、自分のキャリアについて折に触れて考えることになります。高校生のうちにその礎を築いて欲しいと思います。その取っ掛かりとして、『業界地図』をぜひ活用してみてください。
高校の先生方に向けて。大学生向けには講演などで話をする機会はありますが、高校生向けには今回の取材が初めてです。大学選択をする上でこそ、業界や企業を知ることが大切です。機会があれば、高校生向けにも何かお手伝いできることがあればと思っています。
—本日はありがとうございました。
『業界地図』読み方3つのポイント
❶先頭ページからパラパラめくって、様々な業界を知ろう。 気になる業界があったら、ページを折るか付箋を貼ろう。
❷各業界のページをじっくり読んで、どのよう企業が、どのような立ち位置にあるかを知ろう。
❸もともと知っている企業や、気になる企業があれば、索引を使って調べてみよう。
『会社四季報 業界地図』東洋経済新報社刊 172業界、4030社を収録。業界ごとに企業のポジションやつながりをビジュアルや数字を使って紹介。類書との違いは情報がぎっしり詰まっていること(中山さん談)。
『就職四季報 総合版』東洋経済新報社刊 2021年版は11月29日発売。企業からの掲載料をもらわず客観・中立的な立場で、5000社の就職情報を収録。会社が出したがらない「離職率」や「有休取得状況」なども掲載している。総合版のほかに、女子版、優良・中堅企業版、企業研究・インターンシップ版がある。
◎取材を終えて
中山さんは、新卒入社2年目で『業界地図』の編集長を務めた(現在は副編集長)。東洋経済新報社には、若い人にも時には重責を任せる土壌がある。編集長は、誌面の割り付けを考え、記者に原稿の執筆を依頼し、出来上がった全ての原稿をチェックする。書籍販売に関わるマーケティング部門など他部署との連携も大切な仕事だ。書籍は社内外の様々な人の協力があってこそ完成する。中山さんは、あらゆる人に「感謝の気持ち」を伝える事を心掛けたという。
中山さんの大学時代は中国語漬けの日々。3年目に北京に留学し、マスコミが日本に伝える中国の姿にギャップを感じたことが今の仕事を志すきっかけとなった。ちょうど取材日の前日まで中国に出張に行かれていた。大学での学びを生かすことのできる、「アジア市場担当」という、会社に今までなかった役割を兼務で任されているという。
今回私が中山さんにお会いしたように、実際に働いている人に会って話を聞くことは、キャリアを考える上で大いに学びになり、何よりも重要である。そしてそのきっかけ作りとして『業界地図』は高校生にも大いに役立つと確信している。
大学通信 松本 陽一
中山一貴(なかやまかずき) 東京外国語大学 中国語専攻卒。在学中に北京師範大学文学部へ留学。食品・小売業界の担当記者や『会社四季報 業界地図2018年版』編集長、『週刊東洋経済』編集部を経て、2019年1月より『会社四季報』編集部 兼『会社四季報 業界地図』副編集長 兼 アジア市場担当。Twitter:https://twitter.com/overk0823