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大学入試改革で注目される主体性評価。高校では日々の活動をポートフォリオに記入する取り組みが始まっています。大学入試では、志望理由書や学修計画書の提出が一般入試でも求められる可能性があります。そこで高校生に問われるのが「文章力」です。英語より前に高校生は、きちんとした提出書類を日本語で書けるでしょうか。大学生や社会人でも危うい「文章の書き方」について、エキスパートに話を聞きました。
問題意識を作ることが文章力につながる。
2回目は、御茶ノ水で鶏鳴学園という塾を主宰する中井浩一先生に話を伺いました。鶏鳴学園は、東大・京大・慶應義塾大の小論文入試やAO入試指導にも定評のある国語塾です。一方向的な授業ではなく、生徒同士がお互いの文章を読み合い、意見を述べ合うといった双方向授業を30年近く実践されています。中井先生はそれだけでなく、学校改革や教育制度についての著書を多数上梓されています。今回は中井先生に学校における文章指導の実践と課題について話を伺いました。
―鶏鳴学園の理念を教えてください。
大学入試改革で、ポートフォリオの記入や志望理由書の提出が求められています。このような流れがあろうがなかろうが、人生の目的は問題意識を作ることだと思っています。それは、高校生、大学生の話に止まらず、自分の人生を貫く中心のテーマを作るということです。高校時代にその芽を作って、大樹に育てていく必要がある。その為にどうしたらいいかというのが問いで、その答えとして私は鶏鳴学園という国語塾を開いています。
―どのようにして、問題意識を作るのでしょうか。
これには大きく分けて二つあります。「自分」と「社会」です。一つ目は「自分とは何か」という問いに答えを出すこと。すなわち自己理解ですね。二つ目は「社会問題」に対してどう取り組んで解決していくかです。この二つをやることによって、問題意識が作れると考えています。ところが、今の教育は社会問題については一応やっているけれど、自己理解についてはほとんどやっていません。これが最大の問題だと思っています。ある社会問題について調査しました。分かりました。これでは全く意味がないんですね。
―大切なのは、社会問題が自分とどう関係するかということですね。
はい。そこを考えないと、自分を貫くテーマになるわけがないと思います。だから自己理解をやることが大切なんです。社会問題をやる前に、何でこの問題に自分は関心があるのかです。物事を調べたら、答えが出るじゃないですか。その答えが、自分と何の関係があるのかという、この掘り下げが一番大事だと思うんです。ところが、今の教育はそこが全て抜けていると思います。自己理解をやらないのは、子供の問題だけではありません。高校、大学の教員を含め、日本社会全体の大人がそうだということです。だからこれは、教育の問題だけではないと思います。
―問題意識を作る上で、先生は「聞き書き」を推奨されています。
先ほどから述べている通り、問題意識を作るには自己理解と社会問題の両方が必要です。そして、この二つをつなげるために、どうしても聞き書きをやらせたいんです。高校生の問題意識は非常に薄っぺらく、最初は表面的にしか問題をとらえられることができません。そこで現場に行って、実際に問題に取り組んでいる人に質問をして話を聞きます。その時、通り一遍の質問では起こらないのですが、少し深い質問をしたとき、「あなたの質問はいかに浅はかな質問か」と反撃を受けるわけです。そこで、自分が思っていたものが壊れます。一つは、社会問題について自分が考えていた思い込みが壊れます。そしてもう一つ、自分について考えていたことも壊れます。後者はより本質的なんです。そこからはじめて今の自分のままではだめだという反省が始まるわけです。これは親や教師がいくら「お前はダメだ」と説教しても本人には届きません。本人が自分でそのことを思い知るということは、自分が選んだ問題で、自分が選んだ人で、自分が選んだ質問でなければだめなんです。それに対する反論があって、自分が壊れた時に、はじめて深刻な反省が始まるんです。これがないと人間は変わることができない。そのために、聞き書きはすごく使えると思うんです。これ以上のものはないと思います。
―聞き書きをするにあたっては、先生方が社会と高校生をつなげる力やテキスト(書籍や論文)を提示する力が必要になりますね。
全部そうですけど、現場を高校生に示し、その中の誰に取材させるか、その取材項目をどう立てさせるか。そのことをアドバイスするのは教師です。人脈もそうだし、人脈がないようなものも沢山出てくるにきまっていますから、そうしたらそれをどうやって調べるか。テキストの設定もそうだし。だからこれが何を意味するかと言うと、教師がどれだけ勉強し、社会に出ていき、社会の中で人脈を作り、それが出来るかということです。これはかなり難しいことだと思います。
―聞き書きの方法について教えてください。
第一段階は、質問をして、答えを聞いて、それをそのまま、まとめることをやります。その次に自分の意見を作っていく過程があります。自分の意見を作っていく過程で、「自分とは何か」いうところまで深める指導をしていきます。そこまで持っていかないと、遊びになってしまうからです。ただ活動したというだけでは、本人は何も変わらないということになります。これは総合学習も同じです。総合学習は正しいと思いますが、それがただの遊びでなく、本当に深まった自己理解というところまでいくかどうかは、相当難しいと思います。
―文章の上手下手よりも大切なことは、文章を通して「自分とは何か」が語られているかということですね。
きれいな文章は沢山ありますし、高校生でも文章が上手な人は沢山います。しかし、それだけでは本当につまらないですね。以前多くの大学が入試で小論文を出しました。でも、小論文を辞めてしまった大学も多いわけです。つまらないものしか出てこないからですね。なぜそうなるかと言うと、本当の問題意識がないからです。本当の自分に対する問いがないからです。逆に、1、2行しか書けていない拙劣な文章でも、ものすごく強いものって本当はあるんです。それを見抜く力を大学や高校の教員が持っているかどうかだと思います。下手でも、その生徒が初めて本気で書いたというような文章ってあるんですよ。生徒の文章を読んでいると、そういうものが時々出てきます。生徒が本当に大きな問題を抱えていると、それを全部書くなんてことはあり得ません。マグマのような形で、問題の一部が、何かぽこぽこっと出てくる感じです。その「ぽこ」から、その下にあるマグマの大きさに指導者が気づけるかどうかです。だから結局それを判断する大人の問題だと思います。文章については全部それが言えると思います。そうすると大人の教育、つまり我々の教育が最優先と言うことになると思うんですね。
―先生にとって文章とはなんでしょうか。
文章は先程から言っている、「自分とは何か」に尽きます。どんなことを書いても自分とは何かです。それが直接書かれているのか、他の題材の中で書かれているかの違いだけです。だから自分をどう作るかと言うことを中心に置かないと、文章にはならないと思います。
―文章を書くことで、自分を見つめるということですね。
自分を見つめるだけではだめです。作っていかないと。僕は「自分探し」という言葉が嫌いです。自分は作るもの。意志で作るものです。そこには必ず対立や戦いや葛藤があって、その中で血みどろになりながらも作っていくものだと思います。
―そこに相手がいないとだめと言うことですね。
そうです。問題意識ということを考えた時、問題というのは、世間が正しいと思っていることに対して、異議申し立てをすることなんです。そうすると言われた側から必ず反撃が来るわけです。しかも相手の方が数が多いわけです。そうするとこっちが少数派で、もう周り中敵だらけの状況というのが問題意識を持っているということなんです。それに耐えられる人って、相当強くぶつかり合い、戦って、その中でも自分を貫いていけるような強さを持っている人です。本来そういう人が文章を書ける人です。一方そうじゃない人は文章が書けない。文章がきれいなだけです。
一方で、どんなに拙い文章でも、そこにどれだけのものがあるかを読み取る側の能力。教育者がそういう能力を持っているかが重要だと思います。それがないと文章力は育てられないからです。教師がそういう能力を身につける自助努力が必要です。教師自身が自己教育をやる時代になったんだ。ここは正しいと思います。
中井浩一(なかいこういち)
1954年東京都生まれ。京都大学文学部卒業。30代はヘーゲル哲学研究に没頭する。国語専門塾「鶏鳴学園」代表。国語教育、作文教育の研究を続ける。著書に『高校が生まれ変わる』(中央公論新社)、『「勝ち組」大学ランキング』『大学入試の戦後史』『大学「法人化」以後』(中公新書クラレ)など。高校作文教育研究会を設立し、中学から大学までの教員と、作文指導の在り方について、研究を行っている。
中井さんの著書紹介
脱マニュアル小論文
作文と論文をつなぐ指導法
大修館書店
生活経験から問題意識を持ち、それをどのように小論文や志望理由書につなげていくか。鶏鳴学園で指導されている表現指導の考え方が、具体的に、惜しげもなく披露されています。
「聞き書き」の力
表現指導の理論と実践(共著)
大修館書店
今回うかがった聞き書きの指導法について、実例に即してわかりやすく解説されています。次期学習指導要領で求められているアクティブ・ラーニング(思考力・判断力・表現力)の育成に最適です。
【聞き手】
松本陽一(まつもとよういち)
1982年滋賀県彦根市生まれ。2005年大学通信入社。情報企画部所属。
入社以来、首都圏を中心に多くの私立の中学校・高等学校を訪問。学校の成長に関心を寄せる。