何を学びたいか分からない。そんなあなたにはレイト・スペシャリゼーション

何を学びたいか分からない。そんなあなたにはレイト・スペシャリゼーション

「専攻を決めずに入学」は回り道? それとも不安?

高大接続改革の流れを受けて、ここ数年の間に大学では入試形態の見直しだけでなく学部や学科の新設・改組など、新時代の大学教育に向けてさまざまな取り組みが行われています。そのなかでも複数の大学が取り入れて注目を集めているのが「レイト・スペシャリゼーション」という制度です。これは大学入学後の一定期間は教養教育で幅広い学問分野を学びその後自分で専攻を決めて専門教育を実施するというもの。有名なところでは東京大学で全学生が2年間の教養課程を経て学部・学科に進学する制度を採用しています。

これは現在の大学進学の主流である「将来こんな職業に就きたいので、◯◯学部・◯◯学科・◯◯コース専攻に進学するために勉強する」……というアプローチとはまったく異なるため、受験生や保護者のなかには「早く専門教育を受けたい」「回り道ではないか」と敬遠したり戸惑う声が多く聞かれます。ちなみに大学によっては教養教育課程での成績によっては、希望する専攻分野に進めない可能性もあります。こうした不確定な要素が入学後にあるという点も、受験生が敬遠する遠因なのかもしれません。

社会課題解決に不可欠な、「知のボーダレス化」

そもそも、なぜいま教養教育が声高に叫ばれているのでしょうか。教養教育を重視したきた前述の東京大学や日本のリベラル・アーツ教育を牽引してきた国際基督教大学などの代表的な大学に加えて、近年では早稲田大学、上智大学、立命館アジア太平洋大学、法政大学などもリベラル・アーツ教育に取り組んでいます。これらはいずれも文系・理系を問わず幅広い学問分野に触れて幅広い知識を身につけることで、多角的な視点と思考力をもつ人材の育成を目指しています。

こうした教養教育の必要性やその背景について、 平成14年の文部科学省中央教育審議会「新しい時代における教養教育の在り方について」答申の冒頭部分でこんな文章を見つけることができます。

「〜(一部省略)学問の専門家、細分化が進む中で、教養についての共通理解というべきものが失われてきた。(中略)社会全体の価値観の多様化、体系的な知識よりも断片的な情報が偏重されがちな情報化社会の性格、効率を優先して精神の豊かさを軽視する風潮の広がりなどがこの傾向に拍車をかけたと考えられる。」

これは経済も社会も効率が何より優先され、回り道することよりも最短で専門分野を学べる時代になるなど、大学教育を時代のシステムに組み込んでしまったことに対する中央省庁の反省の弁と読み取ることもできるのではないでしょうか。時代はいつの間にか大きく変わって日本社会はグローバル化やICTが進み、ヒト・モノ・情報がかつてない勢いでボーダレスに飛び交うようになりました。社会の超高齢化・少子化も深刻化し、国内における生産人口は急減しています。海外に目を向けると世界各地で紛争が頻発し、それにともない難民の発生や飢餓・貧困も後を絶ちません。気候変動や環境汚染などの課題も山積するなど、地球規模でまったく先を予見できない時代が到来しました。こうした解決すべき問題の数々は、国連が2015年に採択したSDGsに掲げられている通りです。

ますます複雑化するこれらの社会課題を解決していくためには、ひとつの専門分野ではもはや太刀打ちできないのが現状です。たとえば海洋生物学者と経済学者とAIエンジニアが協力して対策を協議するーーそれが当たり前の時代になっているのです。そんな時代を牽引する人材に必要とされているのは、専門分野だけに詳しいプロフェッショナルではなく、あらゆる学問分野の基礎知識を備え、それをベースに議論ができるプロフェッショナル。つまり、知のボーダレス化が不可欠なのです。

自分の興味・適性を知って、ミスマッチを防ぐ

入学時から学部・学科を細分化して専門教育を行ういわゆる“セクショナリズム教育”は日本で標準化していますが、早くから専門教育を開始できるいっぽう“専攻のミスマッチ”を生み出していることも否定できません。平成26年に発表された文部科学省の調査によると、年間約79,000人以上の学生が大学を中退しています。そしてその理由として経済的な事情が20%を占めているのに続き、14.5%が学業不信を理由にしています。調査では高校と大学における育のギャップに学生が適応できていない可能も指摘されているのです。

また現在の高校における進路指導は、キャリア教育も盛んです。高1でなりたい職業について調べ、高2でそのために必要な教育が受けられる学部・学科について調べ、高3でその学部のある大学で学力に見合ったところを見定めて受験対策する、というのは日本の高校で広く採られているアプローチだと思います。しかし高校生の学力や社会経験では知りうる学問分野や職業というのは、やはりまだ狭いというのが実情ではないでしょうか。そして塾通いや受験勉強に熱心であるほどに、社会との接点や人間関係も限られ、多様な価値観の人と知り合ったり議論するような機会も限られてきます。

教養教育で幅広い学問を学ぶことは、高校教育では出会わなかった新しい「知」の存在に触れて関心の幅を広げるだけでなく、その専門分野への自分の適性を知ってミスマッチを防ぐことにもつながるのです。

教養教育が新時代の「異分野協働」を支えていく

もちろん「自分はもう専攻分野も決めていて、一刻も早くこの分野の研究に携わりたい」といった目標がある人や、小さい頃から憧れている職業に就くために努力している人も素晴らしいと思います。だからレイト・スペシャリゼーションがすべての学生におすすめというわけではありません。しかしセクショナリズム教育が大半の現状において「もっと多くの学びに触れてから自分に合った専門分野を選びたい、自分の可能性を広げたい」と思ってきた受験生には、「レイト・スペシャリゼーション」への取り組みが広がってきているのは朗報なのではないかと思います。全学生が1学部に所属する制度もあれば、学部を決めて学科だけ入学後に決めるような学部単位のレイト・スペシャリゼーションを採用するなど、取り入れ方も大学によってさまざまです。興味がある人は自分に合ったアプローチはどれなのか、ぜひ大学ごとに詳細を調べて詳しい話を聞いてみましょう。

また既に専門分野を決めている人も、「専門分野は詳しいけれどそれ以外のことはわからない」ことがこれからの時代ではリスクになることも知っておきましょう。今回のコロナ禍においても、医学・経済学・社会学・コンピューターサイエンスなどじつにさまざまな分野の専門家が議論し合い、協働することで社会は支えられています。他分野のことについて基礎的な知識もなければ、話し合うこともできません。また一般教養の学びで得た視点が、思いがけず専攻分野への新しいアプローチにつながることも学術の世界ではめずらしくないのです。専門分野以外の一般教養科目もぜひ文系科目・理系科目にとらわれることなく積極的に履修して、専攻分野以外の幅広い「知」に触れてみてください。

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