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知識基盤社会の時代と言われる21世紀。文部科学省が推進する「高大接続システム改革」では、グローバル化・多極化が加速する変化の激しい社会の中で、多様な人々と協働し、新たな価値を創造する資質や能力の育成が問われている。
とりわけ、注目を集めるのが「思考力」の育成だ。思考力とは、答えが一つに定まらない状況の中、自ら問題を発見し、解を見いだしていく能力と定義できる。
多摩美術大学は、専門的な美術教育の中で「思考力」をとても大切にしている。
今回、2014年に開設した多摩美術大学 美術学部統合デザイン学科の米山貴久教授と、レゴブロックを活用した「思考力ものづくり入試」の開発者である聖学院中学校の内田真哉教諭に、「思考力」の育成でつながる両校の教育について語っていただいた。
【「思考力を鍛える教育」が始動】
―2020 年の大学入試改革を控え、「学力の三要素」にも挙げられている思考力の育成に注目が集まっています。聖学院中高がアクティブラーニングの一環でレゴブロックを採り入れた教育を展開しているのもその一つですね。
内田 レゴブロックというと、おもちゃのイメージが強いですが、近年、「手は第二の脳である」という脳科学的な考え方から、LEGO®SERIOUSPLAY®という研修メソッドが開発されました。NASA、Google をはじめ、日本でも多くの企業がチームビルディングや問題解決などの促進のためにこれを導入し、成果を出しています。本学の授業や、後述の「思考力ものづくり入試」や思考力セミナーもこの理論を活用したものです。
―頭に思い浮かんだものを言葉で表現するとき、一旦、それを「形」に置き換えることで整理しやすくなる。
内田 誰がどういう考えを持っているか、価値観やビジョンが形として見えるので、皆でそれをシェアすることができます。一つのチームとして、全員の意見を反映させることができるのです。
夏の教員研修では、校長から事務職員まで全員に参加してもらい、どんな生徒を育てたいかをテーマに、レゴブロックの色に意味をもたせるなどして、各自が抽象的な形を作りました。最終的には、チームごとにメンバーの最も大事なパーツを一部ずつ取り出して集めたものを「言語化」したのです。そこには、一人ひとりの意見が反映された目指すべき2020年の生徒像がありました。
―多摩美術大学では、手を動かしながら考えること、また能動的な学修をベースに授業が展開されていると思います。
米山 その通りです。美術大学では大半の授業が教員の一方向的な講義ではなく、学生が自ら主体性をもって取り組むものです。教員は学生の資質を見抜き、能力を引き出すのが役目だと認識しています。自分の学生時代もそうでしたが、きっと多摩美では80年前の建学時からそういう教育が実践されていたんだと思います。美術大学はいつも新たな価値を創造することが求められています。しかしその基本は、手を動かしながらものを考え、柔軟な発想力を身につけることなんだと思います。
―統合デザイン学科はどのような人材育成をめざしているのですか?
米山 近年のデザイナーは、ただ単にモノを作るだけではありません。異なった価値観をもつ多様な専門性の人々と協働しながらユーザーのニーズと技術を取り持つファシリテーターの役割を担い、また経営層の将来的なビジョンをビジュアライズする役割を担ったりもしています。ブランディングや会社の方針の決定にデザイナーが関わることによって、画期的な発想が生まれている事例も多々あります。柔軟な発想力とアイデアを具現化する力をもつデザイナーは、今後、産業界だけでなく様々な分野で必要とされる人材になるのではないでしょうか。統合デザイン学科は、こうした人材育成に力を注いでいます。
―両校はそれぞれ授業でレゴブロックを活用していますね。
内田 元々、私自身たいへんレゴが好きだったということもありますが、ものを作ることを通
じて、ゼロから考えていく力を身につけるのが中学校で学ぶ技術科だと思うんですね。中2の技術ではレゴのマインドストーム(プログラミングロボット教材)を使用しています。このメリットは、失敗を恐れず何度でもトライできるところです。楽しみながら考える力を伸ばすとともに、試行錯誤することで忍耐力を養うこともできるのです。
米山 プロダクトデザインの基礎課程では、レゴブロックを3次元CGで描く演習を行っています。誰もが遊んだ経験から、その構成や使い方の理解が容易で形状も極めてシンプルなため、CGスキルを学ぶ導入には非常によいモチーフなのです。最初に製図用の物差し(ノギス)でレゴブロックを実測してコンピュータに入力するのですが、どうしてもコンマ何ミリかの誤差がでてしまい、なんとなくイメージは描けてもブロックとしては組み合わせられないんですよね。失敗した学生にブロックの目的に立ち戻ることをアドバイスすると、各々の寸法の関係性を理解し、ほとんどの寸法は計算や作図で簡単に導きだせることに気づくのです。
こうした経験を積み重ねて、世の中の様々なモノやコトには本来持っている目的とそのための法則性があるということを教えています。シンプルな構造のレゴブロックを通して、プロダクトデザインとは何か、さらには、世の中や自然には法則性があるということに気づいて欲しい。手を動かしながら物事を考える習慣を身につけていくと、いろんな場面で応用が利き、それが大きな発見につながっていくんですよね。
【大学入試改革を先取りし、「思考力」を評価する入試制度】
―入試とは、学校がどのような人を求めているかを社会に問うメッセージでもあります。内
田先生は昨年、聖学院中学校で「思考力ものづくり入試」を導入されました。
内田 小学生の段階では、能力はあるのに科目試験だけでは力を出し切れないというタイプの
子もいます。ポテンシャルのある子を伸ばしていくのが学校なのではないかという思いもあり、科目だけでは計れない表現力や発想、課題に取り組む姿勢をみるため、5年前から実施しているのが「思考力入試」です。総合力で考える「思考力+計算力」入試に加え、2016 年度入試からは、「思考力ものづくり」入試を導入しました。
この思考力入試では、決まった正解のある問題を出すのではなく、考えるためのテーマや情報を受験生に与えます。それをもとに自分なりの答えを導き出し、レゴブロックや文章で表現してもらうのです。重要なのは、「どのように問題を発見し、解決しようとしたのか」ということです。
その意味では、思考力入試も問題文を読み解く「国語」、データを解析する「算数」、社会問題や自然法則の知識である「理科」「社会」など、4科目の学力が土台となっているとも言えます。
ものづくりを打ち出したのは、思考をアウトプットするツールとしてレゴを使うためであって、芸術性が問われるわけではありません。手で触ることによって自分のイメージを具現化し、それを見ながら思考をさかのぼり、順序立てて論理的にまとめていく力を評価します。
募集人員は、学年全体の8パーセントにあたる15人です。
―受験生の思考の広さ、長さ、高さ、深さを評価する入試ですね。
内田 評価基準として、6つの観点を定めたルーブリックを用いています。相手に伝える要素が書かれているか、課題を分析し解決する視点が含まれているか、その問題にどう関わっていこうと思っているか、などを重視します。もちろん、表現力も見てはいますが、ウエートはそんなに高くはありません。
精度を高めるために、1人の受験生を5人で採点し、それぞれが出したポイントを平均化して得点にしていますが、教員ごとに感じ方が違うので、ズレが大きくなることもあります。それを解決するために、教員研修を重ねることでクリアにしています。
―多摩美術大学は、例えば統合デザイン学科の一般入試では実技試験が課されています。美しく表現するための造形的スキルが必要ですが、そもそも出題に対してどのように考えたかなど、そのアイデアや発想力も大切にしていますね。
米山 統合デザイン学科の「一般入試」では2つの実技試験を課しています。
一つ目は「鉛筆デッサン」です。課題はその場で観察できる「手」をモチーフとして、2016 年度入試では「重さ」をテーマとした想定デッサンを出題しました。その表現に至った考えの視点や発想を見るため、自分が思い描いたイメージを10文字以内の言葉でも表してもらいます。表現したその世界のストーリーが文字とともにきちんと見る側に伝わってくるかというところを評価しています。
二つ目は「構成表現」です。2016 年度入試では「立方体」および「面状の物体」を組み合わせて構成表現をしてもらいました。「立方体」「面状の物体」についての定義、素材や個数などは条件を与えます。美しく魅力的に構成し表現するためにも、形態や特性の異なる物体が互いに組み合わせることによって生み出される現象に着目した「物体の相互作用に対する発想力」が大切になります。このような発想力は、単なる閃きではなく、じっくりと論理的に考える力から生まれるものです。
採点は、専任の教員9名全員が3日間かけてすべてを見ます。最終的には合意性、多数決を何度も重ねて選考します。出題の意図をくみ取り論理的に考えた人は、作品を通じて採点者側にもそのことが伝わってくるんです。なかには我々の思いもよらない考え方で解答を出してくる受験生もいて、その柔軟な発想力にハッとさせられることもあります。
―統合デザイン学科で評価される作品は、確かな論理的思考に裏付けられている。これは
2017 年度入試から導入する「推薦入試」にもつながります。
米山 統合デザイン学科の「推薦入試」では、美術系以外の志望者にも門戸を開くため従来の実技試験は一切課さず、「問題解決型の小論文試験」を中心に選考します。募集人員は、学科全体の10パーセントにあたる12人です。
入試自体は、問題「解決」型と言ってはいますが、むしろ、問題「発見」「解決」型かもしれません。単に問われたことに対して何かを解決するのではなく、どこに問題があるのかをまず「発見」することが重要です。描写などのスキルは入学後にトレーニングしてもらうとして、まずは「論理的な思考力」を評価の軸において選考したいと考えています。