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取材 林 郁子
ここ数年、中学校・高等学校の教育現場では、従来型の学びから、グローバル教育や探究学習、アクティブラーニングといった新たな学びへの変革が起きている。これからの時代に必要とされているのはどのような人なのか。また、そうした人を育てるために中等教育・高等教育はどのような取り組みを進めていけばよいのか。献学(建学)時から平和を構築する人の育成をミッションに掲げ、米国のリベラルアーツ・カレッジと同質のリベラルアーツ教育を推し進めてきた国際基督教大学(ICU)の教養学部長、生駒夏美先生にお話をうかがった。
教養学部長 教授
生駒夏美(いこま なつみ)
英国ダラム大学博士課程修了、Ph.D.(English Studies)。
国際基督教大学助教授、上級准教授、ジェンダー研究センター長などを経て現職。
専門はジェンダー、ヨーロッパ文学、文学一般、日本文学、思想史。
―予測不可能な現代社会を生きていくために、これからの中等教育・高等教育においてどのようなことが大事になるのでしょうか。
今、私たちが直面している環境や貧困、人種、ジェンダー等に関わる問題、さらには世界のあちこちで起きている紛争は、すべてグローバルな問題であり、1つの学問の領域だけでは解決することができません。
例えば、ロシアによるウクライナ侵攻はなぜ起きたのか。単に「ロシアが領土を拡大しようとしたから」だけではありません。そこには、西ヨーロッパと東ヨーロッパの経済・政治圏の対立や、農業・エネルギー政策といったさまざまな観点から考えるべき原因があります。
気候変動をはじめとする地球レベルでの環境問題についても同様です。産業革命以来急速に進んだ環境破壊は、理学的な方法論だけでは根本的な解決には至りません。人間が地球を我が物として利用し尽くしてきた人間社会のあり方を見直す必要があります。技術の進歩や進化はこれまで「よいもの」と考えられてきました。しかし、地球上のほかの生物にとってはそうではありません。また、産業革命による恩恵を受けてきたのは主に先進国の人々であり、搾取を受けてきたのは主に開発途上国の人々です。果たしてそんな進歩が「よいもの」なのか、立ち止まって考える時期にきています。
このように、さまざまな問題には、人文科学的なことと社会科学的なことと自然科学的なことをすべて踏まえたうえで、アプローチしていかなければなりません。総合的に考えなければ全体像を理解することはできませんし、ましてや解決策を見出すことはできないでしょう。
そのため、今の中等教育・高等教育においては、まず学問の壁を越える教育環境づくりが重要となっているのです。
総合的に考える学びとは複数領域からのアプローチ
―総合的に考える力を涵養するために、具体的にどのような授業を行っているのでしょうか。
例えば本学では複数領域にまたがって学際的に学ぶ『リベラルアーツから問う、ポストヒューマン』という授業を開講しています。この授業では、「人間中心の時代は終わりを迎えつつあるのではないか?」というテーマのもと、クローン技術などの生命科学の技術革新や人工知能(AI)の進化、国際社会の在り方や人々の考え方の変化などの観点から、生命科学、物理学、人文科学、心理学、国際関係学といった複数の専門領域の教員と学生がともに対話し、考えを深めていきます。
最初は「ポストヒューマン」という言葉自体に戸惑っていた学生も、人間について多面的に捉え、考えていくようになります。
私自身も文学・ジェンダー研究の教員としてこの授業を担当しています。異なる専門分野の教員と授業をつくっていくことは教員にとっても刺激的で、新たなものの見方に気づくことができます。
本学では献学時からのリベラルアーツ教育によって、広くて深い学際的な視点や多様な文化背景への理解・尊重など、グローバル時代の問題解決を担っていくことができる人材の養成に取り組んでいます。この授業はそうしたリベラルアーツ教育の要素を集約したものの一つです。
社会の要請に応える世界基準のリベラルアーツ教育
―なぜ、今、リベラルアーツ教育が注目されているのでしょうか。
リベラルアーツ教育とは、日本では教養教育として広く浅く学ぶことや入門的に学ぶことと捉えられがちです。実際、多くの大学では、入学時に専門が分かれ、1、2年生の間に一般教養を終わらせて、以降は専門に入っていくカリキュラムとなっています。それでは、一つの分野には詳しいけれど、それ以外の分野を深めることができないままになってしまいます。本学では、先にお話しした『リベラルアーツから問う、ポストヒューマン』などの一般教育科目は4年間いつでも受講することができます。専門の学問領域(メジャー)の選択は各メジャーの基礎科目を学んだ2年次の終わりですし、3年次以降も選択したメジャー以外の領域も選択科目として履修でき、学際的に専門を深めることができます。
本学におけるリベラルアーツ教育とは、生涯にわたって学ぶための素地を築くことです。リベラルアーツのアーツには、技術や方法論という意味もあります。何か特定の知識や情報を学ぶこと以上に、学ぶ楽しさを知り、学ぶための心構えや姿勢を身につけることを目指しています。そのための取り組みとして、少人数・対話型授業やバイリンガル教育などを実践しています。
少人数・対話型授業とバイリンガル教育
―対話型授業の教育効果について、もう少しくわしく教えてください。
現在、専任教員1人あたりの学生数は18人です。授業により人数に前後はありますが、教員と学生、学生と学生とが活発に対話やディスカッションが行える環境となっています。他者との対話を通して、新たな視点に気づき、多面的に思考することができ、考えが深まっていくのです。
リベラルアーツ教育の根幹に「クリティカル・シンキング」があります。クリティカル・シンキングは「批判的思考」と訳されるために他者への批判と誤解されがちですが、自己の持つ偏見や固定的なものの見方を見直していく姿勢のことです。例えば、授業では、教員が学生に何かを問いかけ、学生がそれに答えた際に、「なぜそう考えたのか」を改めて問い、学生が「なぜだろう」と自己を振り返ります。教員が答えを与えたり、答えの是非を決めたりするのではなく、学生が自分自身を省みることがクリティカル・シンキングのポイントです。既存の枠に囚われることなく、未知の課題に挑む姿勢をこうして育みます。
―なぜ、バイリンガル教育を実践するのでしょうか。
本学では、全学生のおよそ4分の1が外国の教育制度で学んできた学生です。そうした異なる言語的バックグラウンドを持つ学生同士が、リベラルアーツ教育の基本である対話をスムーズに行えるように、2種類の語学プログラムを設けています。日本語で教育を受けてきた学生は、リベラルアーツ英語プログラムという1年間の英語教育を履修し、英語で文献を読み、議論し、小論文を書くなど英語運用能力を徹底的に鍛えます。
外国の高校で日本語以外の語学教育を受けてきた学生は、日本語教育プログラムを受講し、日本語で開講されている授業も履修できるレベルまで日本語運用能力を高めます。
英語は重要な言語ですし、本学でも英語で行う授業が増えていますが、英語中心主義ではなく日本語とのバイリンガルとすることに重きを置き、英語でも日本語でもやりとりできるようにしています。それは、言語と文化は非常に深く結びついているからです。全ての学生が自分たちの言語的背景に誇りを持って、コミュニケーションしてもらうことが大切です。異なる言語文化を持つ学生が、教室だけでなくキャンパス全体において自然に混ざり合う中で、他者理解を育む環境を創出しています。
中等教育の変革が子どもたちの可能性を広げる
―中学や高校でもグローバル教育やアクティブラーニング、探究学習など新たな学びへの取り組みが進んでいます。こうした教育の変化をどのように受け止められていますか。
非常に歓迎すべきだと思っています。従来型の教育では、グローバル社会で活躍する人を育てることは困難です。未知の問題が次々と生まれていく現在、今までの解決方法は通用しなくなっています。多様な人々との協働で化学反応を起こし、新たなものを創り上げていくようなフレキシビリティーを持つ人が重要になっています。そうした力を持つ人を育てるように、日本の教育がどんどん変わっていくのではないかと、期待しています。
―新たな教育への取り組みが進む中、貴学のリベラルアーツ教育に注目が集まっているそうですね。
中高の教員の方から、「探究学習の授業をどのようにつくっていけばよいのか」といったご相談をいただくことがここ数年で増えています。そのため、研修会などを開催し、共に考えていく機会をつくっています。
一つポイントを挙げるなら、「教員が生徒に教える」という意識を捨てることだと思います。私たち大学教員でも専門の領域以外にはくわしくありません。「先生もわからないから一緒に考えよう」とアプローチしていくことで、生徒も「先生から正しい答えを教えてもらう」という意識から脱却することができるでしょう。それは、グローバルな社会でのコミュニケーションの基本です。自分にも相手にも知っていることと知らないことがあるのを理解して、自分とは異なることを知っている相手と対話していくことが大切。1人より2人で考える。人が増えるともっとちがう考え方が見つかる。そんなふうにいろいろな人が集まって解決策を考えることが、これからの世の中を生きる力になると思います。
本学では高大接続プログラムとして、高校生が体験できるリベラルアーツ教育なども実施していますが、参加者からは「教員と話せるのが楽しかった」、「他校の参加者と話し合い、ちがう考え方を知ることができたのが新鮮だった」というような感想がたくさん集まっています。
コミュニティから踏み出し世界の広さを知ってほしい
―最後に、高校生に向けてメッセージをお願いします。
「世界は広い」ということを知っておいてもらいたいと思っています。今の日本は高校生の皆さんから見ても、何か行き詰まっているように感じるかもしれません。けれど、世界は広いのです。一歩外に出て見渡せば、まったくちがう風景と出会うことができます。
私自身、小学校から大学まではずっと日本の学校に通っていました。のびのびと学ぶことができましたが、それでも海外の大学院へ留学すると、今まで自分が見ていた世界が本当に狭いものだったと気づきました。
広い世界に出て、多様な文化背景の人たちと、対話し、交流することで、自分が知らず知らずのうちに作っていた壁が壊れます。壁が壊れることは怖いかもしれませんが、そこから初めて見える青空があるのです。
高校生の皆さんにも、ぜひそういった体験をしてほしいと思っています。将来、海外の大学に留学したり、海外で働いたりして、広い世界を体験してほしい。多様な学生が集まりグローバルに学ぶことができる本学は、そうした海外へ飛び立つための入り口となるのではないでしょうか。興味を持った方は、ぜひ本学のオープンキャンパスや高大接続プログラムなどに参加してみてください。
ICUの高大接続の取り組み
中等教育と高等教育の本質的な教育接続を目指す。グローバル・スタンダードで実践するリベラルアーツの知見の社会還元としても位置付け、生徒対象のものに加え、教育の現場に課題意識を持つ教員を対象とするプログラムも実施する。プログラムによって、オンライン、対面、ハイブリッドで開催。
■ ICU Global Challenge Forum
主に日本全国からさまざまな背景や価値観を持つ高校生が集まり、学際性、対話、正解のない問いを思考するなど、ICUのリベラルアーツの特徴を体験するプログラム。オンラインのものと学生寮宿泊型集中プログラムがある。開講言語は日本語または英語。
■ Science Cafe at ICU
ICUの教員が、なぜサイエンスに関心を持ち、どのような研究をしているのか語る。リベラルアーツで学ぶサイエンスの価値も伝え、広くサイエンスに触れるプログラム。文理選択を問わず中高生と学校教職員の参加も可能。オンラインのものとキャンパスで実験体験をするプログラムがある。
■ Reconsidering Peace in Liberal Arts
国内外の生徒を対象に、ICUの協定校であるアメリカのミルドベリー大学と共催で行う英語のワークショップ。リベラルアーツの視点で広く「平和」を捉える力を養う。学生寮宿泊型集中プログラム。
■ 中高教員対象研修
中高教員が抱える課題を共有し、リベラルアーツの知見を通して、教室での実践に参考になるようなプログラムを実施する。ワークショップ等、対面プログラム。