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2024年は創部75周年の節目の年である観世会部。ユネスコの世界無形文化遺産にも登録された日本の伝統芸能「能楽」(観世流)の稽古に日々励んでいます。「学生能楽コンクール」では最優秀賞をはじめ、11年連続で入賞した実績もあるほか、プロとして舞台に立ち、師範として後進の指導に当たる卒業生も少なくありません。近年は部員が減少していますが、“再興”に向けて尽力する大学院生の加藤さんにお話を聞きました。
※集合写真左から
加藤 諒さん
大学院人文科学研究科臨床心理学専攻 博士後期課程2年 文学部心理学科卒業 栃木県・県立小山高等学校出身
小檜山 浩二さん 法学部政治学科 1982年卒業 神奈川県・横浜市立戸塚高等学校出身【学習院大学卒業後、東京藝術大学を経て師範に】
脇村 剛さん 理学部数学科2年
菊地 奏さん 文学部史学科 2013年卒業 神奈川県・私立横浜英和女学院高等学校出身
限られた動きで心情や世界観を表現する醍醐味がある
入部のきっかけや、初めて能に触れた当時の印象を教えてください。
そもそもは、入学式で慣れない革靴に疲れていたときに、和室になっている部室に案内され、靴を脱いでくつろげたこと。しかも、歓迎ムードに包まれてお菓子や食事までふるまっていただいたことが始まりです。ただ、その後の体験入部の際に、先輩方が『殺生石』という演目を披露してくれたのですが、初めて見る能の世界観についていけず、「えらいところに来てしまったかもしれない」とも思いました。
一方で、袴に身を包んだ先輩方が飛んだり跳ねたりするカッコ良さも感じましたし、「これが舞えるようになれると面白いんじゃないか?」という直感のもと、そのまま流れるように正式入部を決めました。ちなみに、1年生のときは高校までの音楽経験をベースに、音楽部管弦楽団とも兼部していましたが、2年生になってからは「どうせなら今までやってこなかった新たな活動を続けていこう」と考え、観世会部に絞りました。
入部後の流れを教えてください。
6月に開催される「めだか舞台」が1年生の初舞台となります。短い期間ではありますが、所作や着付け、礼儀作法に至るまで、師範の先生や卒業生、先輩方が親身に指導してくれます。まずは、演目ごとの動きや歌い方を指導してもらい、その後は各自が鏡の前に立って自主練に励むような流れです。能では、主人公を「シテ」、その相手方を「ワキ」と呼ぶなど独特ですが、部の方針として1年生全員が「めだか舞台」でシテを経験します。
練習内容は、扇を持って舞う「仕舞」と、セリフとして謡う「謡」があります。まず「仕舞」は、演目の中にある5分間から10分間程度の“見どころ”の部分の踊りです。「めだか舞台」を皮切りに、4年間で自分のレパートリーを増やしていきます。練習では「シテ」が座るところからスタートし、そこから立ち上がって何歩進み、何歩下がるといった動きや、腕の使い方などの「振り」や「型」を習得。カッコよく見せたり、キレイに見せたりする方法を身につけていきます。
能では、例えば“摺り足を4歩から6歩”、“右手を前に出す”といったシンプルな動きだけで登場人物の感情や演目の世界観を表現しなければなりません。狂言や歌舞伎、オペラ、ミュージカルといったほかの舞台芸術と比べると、圧倒的に見せる動きの総量が少ないことが特徴です。また、舞いに合わせてセリフがあれば謡いますし、地謡(じうたい)と呼ばれる人たちがBGMのように謡う中で、シテが舞いを披露するシーンなどもあります。
「謡」についても教えてください。
仕舞とは別で素謡(すうたい)といい、演目によって長いもので1時間、ひたすら謡う形態があります。舞いは行いませんが、これにもシテやワキといった役があります。謡は特徴的で、カラオケや合唱などでの歌い方とは一線を画すものです。音は上音・中音・下音という3つ。最初は「自分が出しやすい音を中音に」と指導されます。
また、地謡では謡う人が複数になりますが、その中で「地頭」という言わばリーダーが決められて、ほかの学生はその地頭の音に合わせて謡います。経験の浅い学生で地謡を構成すると、異なる音階が“ハモ”っているように聞こえますが、実際には音を合わせなければいけない難しさがあります。とはいえ、最初はみんな未経験でスタートしますし、経験豊富で“プロ”になった卒業生からも指導してもらえることは、観世会部の大きな強みですね。
卒業生が一丸となって現役部員をサポート
最近の活動内容を教えてください。
2023年度の部員数は、現在2年生の脇村くんのみ。1年次の冬に入部した当時は4年生の部員もいたのですが、卒業後は脇村くんが唯一の部員になりました。コロナ禍になって入部者数が落ち込み、2023年度の新入部員もゼロ。卒業生が危機感を持ってサポートしており、中でも大学院生としてキャンパスにいる私が全面的にバックアップしています。
そんな中、脇村くんの初舞台となったのが、2023年6月の「めだか舞台」です。素謡の『橋弁慶』という演目で、シテの弁慶を演じました。大学1年生のときに弁慶を演じた私も、今回の脇村くんも、決して体が大きいわけではありませんが、とにかく“弁慶らしく”力強く元気に演じ切りました。その後、脇村くんは『竹生島』という演目にも挑み、2023年12月の「櫻諷会」という恒例行事では、素謡と仕舞で『竹生島』を披露しました。なお、2023年6月の「めだか舞台」では、私も牛若丸、つまり源義経の幼少期役で数年ぶりに舞台に立ちました。
久々の舞台はいかがでしたか?
久しぶりに稽古をつけていただいて、あらためておもしろい世界だと感じましたし、学部生の頃の感覚を思い出した。驚いたのは、部員が脇村くん1人だからこそ、私の学部生時代よりも“みっちり”とマンツーマンで指導を受けられていたことです。指導してくださるのは、下平克宏先生や金子聡哉先生、小檜山浩二先生といった先生方。みなさん学習院の観世会部で初めて能の世界に入り、その後はプロとして活躍されて師範にもなった方々です。
さらには、菊地奏さんのように若い世代の卒業生もサポートに来てくださって、先生の指導内容を熱心にメモしてくれるんです。菊地さんがその内容を稽古後の脇村くんに伝え、脇村くんが自主練に役立てている姿を見ていると、感動すら覚えます。ちなみに、菊地さんは卒業後も能を続けていて、2023年度から本格的に観世会部のサポートに入ってくれているほか、2023年12月の『櫻諷会』でも舞台に立ちました。
身も心も役に入り込む
観世会部に所属してどんな収穫がありましたか?
私は学部を卒業後、そのまま学習院大学の大学院に進学して公認心理士と臨床心理士の資格を取得しました。現在は臨床の現場で仕事をしながら大学院で研究活動を進めています。臨床の現場では来談者の立場に立って考え、個々の思いに寄り添った対応が不可欠ですが、観世会部で“自分ではない役柄の立場に立った経験”が活かされていると感じます。役を演じるということは、役柄を自分の中にインプットするということであって、四角形の限られた舞台の上で、その役柄の生き様を表現するんです。
性別も問わず、男性役を演じたこともあれば、女性役を演じたこともあります。例えば「船弁慶」という演目では、源義経の恋人であるおしとやかな静御前も演じましたが、その瞬間は本気で静御前になりきるわけです。最も思い入れがある役だと、源氏物語をテーマにした『葵上』という演目で演じたのが、源氏の愛人である六条御息所(みやすどころ)の“怨霊”。正妻である葵上を妬み呪うストーリーだったため、恋に破れた登場人物の気持ちを想像して恨み節全開で演じました。
また、学生生活最後の舞台となった学部4年次の『櫻諷会』では、1年次の体験入部のときに観た『殺生石』を舞いました。この演目は栃木県の那須が舞台で、私も栃木県出身だったので思い入れのある演目。「しっかりと舞えるようになった」と褒めていただけて、とても感動しました。
能という“古くて新しい世界”に飛び込んでほしい
最後に新入生へのメッセージをお願いします。
観世会部は2024年で創部75年になる歴史ある部ですし、かつては「学生能楽コンクール」で優秀賞の常連でした。11年連続で入賞していた時期もありますし、それを可能にする卒業生からの強力なバックアップを受けられることは大きな魅力だと思います。また、他大学との交流が盛んなことも観世会部の特徴です。“カンカンレン”(関東観世連合)という学生組織があって、國學院大學や法政大学、早稲田大学、日本大学などとの合同舞台や合同合宿などもあります。
衣装は部でストックしているものを着ていただけるので、入部して用意してもらうのは足袋くらいです。私は学部の2年次か3年次のときに自分の紋付き袴を購入しましたが、それはそれで一生モノ。コロナ禍のため学部の卒業式では着られませんでしたが、大学院の修士課程の修了式では袴を着ました。もちろん着付けもできるようになりました。
最初は能に敷居の高さを感じるかもしれませんし、関心のベクトルを向けにくいかもしれません。ただ、だからこそ思い切って飛び込んでいただければ、それまでとは違った世界が見えてくるはずです。まずは一度舞台を見てほしいですし、見るだけではわからない魅力もありますので、ぜひ体験してみていただきたいですね。