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数々の課題を解決し、豊かな暮らしの実現に大きく貢献してきた自然科学。その重要性は変わることはないが、課題が複雑化・多様化する現代社会においては、人文・社会科学分野などの他領域との融合が不可欠になっている。「分野横断」「文理融合」などの言葉が脚光を浴びる今、改めて注目を集めるのが、国際基督教大学(ICU)が設立以来、一貫して取り組んできたリベラルアーツ教育だ。ICUのリベラルアーツにおける自然科学分野の学びと研究について、自然科学デパートメント長の久保謙哉教授に話をうかがった。
取材 松平信恭(大学通信)
リベラルアーツはより良い社会と豊かな人生の実現に不可欠な学び
教養学部アーツ・サイエンス学科教授
久保謙哉 (くぼ けんや)
1989年東京大学で理学博士取得。東京大学理学部助手を経て2002年ICU着任。2019年にはアドミッションズ・センター長を務める。日本中間子科学会副会長、物質構造科学研究所運営委員、J-PARCミニオン施設課題審査部会長、福岡県立城南高校SSH運営指導委員。専門は素粒子ミュオンを利用した考古資料・文化財の分析などの放射化学。
―貴学は日本におけるリベラルアーツ教育のパイオニアとして知られています。貴学が考えるリベラルアーツとは、どのようなものなのでしょうか。
私たちは、リベラルアーツとはあらゆる学問の中心であり、コア(核)のようなものだと考えています。学問が世界情勢によって変わっても、どの学問分野を学ぶにしても、リベラルアーツが出発点となるのです。
リベラルアーツ教育では、人文科学や社会科学、自然科学など、すべての分野を偏りなく学びます。いずれも研究の対象こそ異なりますが、「私たち人間は、この世界を、社会を、そして人間という存在をどう認識しているか」を探究しようという点が共通しています。つまり、世界や社会、そして人間への認識を、自分自身の土台として取り入れるための学びがリベラルアーツです。この土台があることで、専門分野を深めていくことが可能になります。
昨今の世の中を取り巻く問題は、多様さと複雑さを増しています。1つの専門分野の知識や技術だけでは対応できないことが増しており、それは、コロナ禍によって多くの人が実感したことでもあります。例えば、ロックダウンをはじめとした行動制限の重要性が感染学の立場から主張されたとしても、経済学の観点からは、それは容易には受け入れられませんでした。法的な問題も出てきますし、人々に納得して協力してもらうには例えば心理学や社会学の知見を取り入れる必要もあります。また、ロックダウンの中でも穏やかに暮らすために、音楽が必要かもしれません。まさに、分野を跨いだ議論が不可欠なのです。こういった社会においては、違った角度から物事を考えることが大切になります。横から見てみたり下から見てみたり、あるいは反対側から見ることも役立つでしょう。視点をずらすことで、解決策や多くの人が納得する答えを導き出すことができるのです。特定の分野に偏らず学ぶリベラルアーツ教育は、まさにそういった体験を提供するものです。リベラルアーツで学んだ人材が、社会課題の解決に貢献する人材として期待される理由の1つが、ここにあると言えるでしょう。
あらゆる分野を偏りなく学ぶというのも、非常に重要なポイントです。仮に、どこかの分野の視点が欠けてしまっているとすると、その分野については、判断などを全て他人に任せてしまうことになります。それは成熟した市民と言えるでしょうか。もちろん、すべての分野に精通することは難しく、他分野の方との「対話」や協業は重要です。そのためにも、土台となる知識を持ち、自分で考えて自分の意見を持つことができる力を身につけるべきです。市民としての責任を果たすため、あるいは自分の人生を他人任せにしないためにも、リベラルアーツ教育は大きな意味を持っています。
私たちは今、「人生100年」と言われる時代を生きています。20歳前後の大学時代に得た知識だけで残りの80年を過ごすことは、ほぼ不可能です。仕事のためはもちろんですが、趣味をはじめとして、知的好奇心を満たしていくためにも新たな学びは欠かせません。新たなことを学ぶためには、やはり、土台づくりが肝心です。中心があるからこそ広がりが生まれるとも言えます。ここで言う土台や中心になってくれるのが、リベラルアーツです。人生100年時代を豊かに生きるためにも、リベラルアーツは大きな役割を果たしてくれるのです。
「対話」を重視し、4年間を通じて日英両言語で学ぶICUのリベラルアーツ
―貴学が取り組むリベラルアーツ教育の特色をお教えください。
まず挙げられるのは、「対話」型であることです。私たちは、「人間は1人ひとりみんな異なる」という多様性への理解を重視しています。そのためには、自分とは異なる人と話すことが役に立ちます。教員は学生に対して、様々なトピックを題材にしながら「みんなはどう思う?」という問いを投げかけています。その問いに対する学生ごとに異なる答えや、その答えに至った背景を知ることで、多様な考え方への理解を深めていきます。「そんな考え方があるんだ」「その考え方は、そういった背景から生まれてきているんだ」という気付きを得るためには、互いが言葉を交わすこと、すなわち対話が欠かせません。
実社会で物事を進めていくためには、自分の考えだけで突っ走るわけにはいきません。自分とは異なる意見も含めて様々な声を聞き、それらを調整しながら多くの人が納得できるかたちで進めることが不可欠です。それを可能にするのが「対話」です。社会でリーダーシップを発揮できる人になるという意味でも、「対話」型の学びは重要です。
次に、4年間を通じてリベラルアーツで学ぶことも特色です。多くの大学では、一般教養の学びは、1〜2年次のみに行われています。これに対してICUでは、4年間を通じてさまざまな分野の授業を履修することができます。大学生というのは、学問的にも人間的にも成長が著しい時期です。その時期を最大限に活用して「学問の核」を作ることは、その後の学びや人生における大きな財産になります。1年生と4年生では、身に付けている知識や積み重ねた経験に大きな差があります。そういった学生たちが共に学ぶことも、多様な考えに触れるうえでは非常に役立ちます。これは、特定の学年の学生だけが集まっていては期待しにくい効果だと言えます。
そして3つ目の特色が、日本語と英語の両語が学内公用語であることです。本学では、外国人学生や海外生活が長い日本人学生も数多く学んでいます。文化や生活習慣などが異なる環境で過ごしてきた学生とともに学ぶことは、多様性への理解を深めるうえで非常に有益です。日本人学生のなかには、英語が得意ではない学生もいます。海外から来た学生のなかには、日本語がまったく話せない人もいます。お互い、最初はうまくコミュニケーションが図れずに大変な苦労をしています。しかし例外なく、その壁を乗り越えて自在に意思疎通ができるようになります。この体験から本学の学生は、「誰とでもコミュニケーションができる」「言葉の壁は乗り越えられる」という自信を身に付けます。少々のことでは物怖じしない強さのようなものが養われるのも、本学ならではだと思います。
理系分野を探究するうえで、人や社会への理解は欠かせない
―リベラルアーツといえば、文系の学びというイメージもあります。それに対して貴学では、理系分野の学びも充実しています。
すでにお話ししたとおり、リベラルアーツはあらゆる分野を偏りなくカバーする学びです。そこには当然、数学をはじめとした理系分野の学びも含まれています。リベラルアーツ教育を本来の姿で展開している限り、理系分野の学びが行われるのはごく自然なことだと言えます。
冒頭に述べたコロナ対策の例からもわかるように、いわゆる理系人材であっても人文科学や社会科学の知識は欠かせません。理系分野を学ぶうえで、リベラルアーツ教育は非常に有意義なものだと言えるでしょう。
現在、文系・理系が融合した新たな学問分野が次々に誕生しています。例えば私が取り組んでいる金属の表面加工技術を分析するという研究は、江戸時代の小判の分析に用いられています。同じような研究は海外でも行われており、ローマ時代の硬貨に特殊な表面加工が行われていることが解明されました。つまり、分析化学と考古学が融合して新ジャンルをつくり出しているのです。このような、技術の新たな活用やそれによる新領域の確立などには、理系の専門知識に加えて、他分野への広い視野が不可欠であることが、ここからもわかります。
最先端の研究に携わる教員が指導。高い大学院進学率
―貴学における自然科学分野の学びの特色をお教えください。
本学では最先端の研究が数多く行われています。例えば私の研究では、JAXAと共同で「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから持ち帰った岩石の成分分析を行っています。持ち帰った岩石は真空状態に置いておかないと、空気や水分など、地球の環境による影響を受けてしまって本来の成分を調べることができません。そこで、真空状態で対象物を破壊することもなく成分を分析するという、私たちの研究が活用されたのです。
これはあくまでも一例で、他にもたくさん先端的な研究が行われています。そして、それらの研究を行っている本人が教壇に立ち、指導を行っているのがポイントです。このことは学生にとって、科学技術の「今」と「これから」を知り、そのうえで進むべき専門分野を決められるというメリットをもたらします。教科書に書かれていることは確立された事実であって、いわば「過去」です。それに基づく分野選択よりも、教員が語る「今」と「これから」に基づく分野選択のほうが、より充実したものになるでしょう。これは、1学部1学科体制であり、入学後に「メジャー」と呼ばれる専門分野を選ぶことができる本学ならではのメリットでもあります。
本学のキャンパスは東京都内にありながらも、非常に自然が豊かです。この環境を活用した研究も行われています。キャンパスに現れる野生動物やミツバチとはちみつに関する研究など、ユニークな研究も活発です。
本学では、全ての学生が卒業論文を執筆します。ここで特徴的なのは、自然科学メジャーの多くの学生が論文を英語で書いていることです。もちろん、研究の過程では英語の文献も活用しています。研究を行ううえでは、日本語だけでなく英語も扱えると、活用できる文献の量は何倍にも増えます。それはすなわち、より充実した研究が可能になるという意味です。
卒業後進学する場合、英語も活用しながら研究を行っていることや、本学ならではの「対話」を通した多様なものの見方やエビデンスに基づく議論の経験を積み重ねていることは、大学院でのより深い学びと研究への素地にもなっています。本学では、卒業生の約2割が大学院へ進学します。進学先は、国内外のトップの教育・研究機関です。「勉強の仕方」「研究の仕方」が本学で養われていることが、このような進路実績につながっていると考えています。
施設面では、2023年度から「トロイヤー記念アーツ・サイエンス館」での授業が始まります。今年11月に完成するこの建物には、自然科学分野の研究室や実験室が入ることになっています。もちろん、建物の新築にあわせて実験設備なども大幅に新規導入されます。真新しい建物と先端の設備のなかで研究に打ち込むことができるのです。
同館には、人文・社会科学系の研究所も拠点を置きます。多くの学生が利用することになる大教室も配置されます。また、くつろぎの場であり学修スペースともなるラウンジも設けられています。これらの環境によって、自然科学分野を学ぶ学生は、他分野の学生や教員と日常的に交流し、分野を越えた知識と出会うことができます。
「これから起こるであろう新しい問題」を解決に導くキーパーソンを育成
―高校の先生方と受験生のみなさんへメッセージをお願いします。
「リベラルアーツは古い学問だ」と言われることがあります。確かにギリシア時代から存在するので、そういう意味では古いと言えるかもしれません。しかし、「人間」というものの中心にある価値や資質は変わっていないと思います。時代に応じた学びを取り入れながら、変わることのない人間そのものについての学びを深めていくのが、本学のリベラルアーツです。
本学は「未来に向かって成長を続ける大学」であることを自負しています。「トロイヤー記念アーツ・サイエンス館」はその表れです。また、多様性を重んじて「オールジェンダートイレ」やお祈り部屋を学内に設置しました。変化する、そして前に進むという環境の中で学ぶことは、非常にワクワクする体験になるはずです。しかも、専門分野はもちろんのこと、国籍や文化的背景、価値観などが多種多様な人たちから刺激を受けながら広く深く学ぶのです。本学での学びは、「これから起こるであろう新しい問題を解決するキーパーソン」になるための学びと言えます。そういう人物として成長したいと思う人とともに学び、「対話」できることを楽しみにしています。