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リベラルアーツのパイオニアとして知られる国際基督教大学。日英バイリンガル教育を実践しているため読者である高校の先生方には文科系の印象が強いかもしれない。しかし理系メジャーを専攻する学生も多くそのうち3分の2が国公立大学大学院に進学しているという。実際の学びの内容や卒業後の進路などICU理系教育の実情について、アドミッションズ・センター長久保謙哉先生にお話をうかがった。
アドミッションズ・センター長
久保謙哉 (くぼ けんや)
1989年東京大学で理学博士取得。東京大学理学部助手を経て2002年ICU着任。2019年からアドミッションズ・センター長。日本中間子科学会副会長、物質構造科学研究所運営委員、J-PARCミニオン施設課題審査部会長、福岡県立城南高校SSH運営指導委員。専門は素粒子ミュオンを利用した考古資料・文化財の分析などの放射化学。
まず広い世界を知る そこが学びのスタート地点
―リベラルアーツでは文系・理系の垣根なく幅広い学問分野を扱いますが、高校在学時に理系の受験生は進路に「理学部」「工学部」など特定の学部・学科しかイメージできない人が多いと思います。理系分野を目指してICUで学ぶことには、どのような意義があるのでしょうか?
実際の学生を見ていると「理系分野だけではなく、もっと広いことを勉強したい」と考えて入学してきた人が多いですね。いまの日本の大学、特に理系分野の教育は専門的な狭い分野を深く掘り下げることに特化しています。もちろん専門性を深めることも大学の使命なのですが、もっと広い視野で幅広い知識を身につけ、社会と科学技術のつながりなどきちんと学ぶ必要があると思います。と言うのも、昨今発生したさまざまな事故や自然災害にしても理系の知識だけでは解決できない問題ばかりです。それらを克服する、あるいは解決するにはどうすればいいのかを考えたい、そのために本学を希望したということではないでしょうか。
―それはまさに高大接続改革で言われている、不確実性の高い社会を生きる上で必要な資質とも言えますね。
そうですね。日本で多くの大学が教養教育を廃止し、早くから専門教育をスタートするようになったのは1994年ごろのことでした。ところが25年ほど経過したいま、広い分野のことを勉強していないと先で伸びしろがないということがわかってきて、改めて教養教育が見直されているのです。複雑化した社会で今までのやり方では解決できない問題が起こった時に、自分のいる場所から一歩踏み出して考えられるか。その“踏み出し方”を知っているか。今後はそんな人材が求められるのではないでしょうか。リベラルアーツの学びとは、まさにそういうところです。日本の大学はいろんな学問が縦割りで存在していますが、その中間には何があるかを考えたり、別の角度から物事を見ようとする。それが一歩踏み出すことの始まりなんですね。こちら側からあちら側にジャンプするのではなく、その“間”で何ができるのかを考えてチャレンジする。そんなやり方をここで身につけてほしいと思います。
―いま学問が縦割りとおっしゃいましたが、ICUは1学部1学科のなかに様々な分野を学ぶ学生が混在する、めずらしい特徴をもつ大学です。いわゆる文系志向・理系志向の学生が一緒に学ぶことには、どんな意味があるのでしょうか。
ICUでは入学後に理系から文系に変わる学生もたくさんいます。というのも20歳前後は自分自身や社会について深く考えたり悩んだりして、ものの見方が大きく揺さぶられる時期なんですね。高校までは理系を中心に勉強してきた人が、ICUで初めて人文・社会の学問に触れて、その面白さに目覚めるということがめずらしくない。これは私自身にも経験があるんですが、大学1年の一般教養の授業で哲学の先生が相対性理論やガリレオの実験の哲学的解釈の話をしてくれたことがあります。実験自体は確かに科学の話なんですが、突き詰めると哲学につながっている。「人文系の学問ってこんなに面白かったのか」と強い衝撃を受けたのを覚えています。
逆に高校で文系を選択していた人が、入学後理系に興味を持つ場合もあります。私が一般教育科目の化学の授業で「この机が原子でできていると思いますか?」と問いかけたところ、誰もが「そう思う」と答えました。でもその理由をたずねると「学校でそう習ったから」ということ以外は答えられない。そこからさらに突き詰めて考えないと先に進めないことに気づき、そこで初めて理系分野への関心が深まっていくんです。「習ったから」「そう感じるから」で終わるのではなく、エビデンスを出したり自分の意見の根拠を明確にして議論を積み重ねることは、文系・理系を問わず重要なことなんですね。
―ICUでは、そういう対話型の学びに非常に重きを置いていますよね。学生は学びを経て、どのように変わっていくのでしょうか?
もちろん慣れていない学生もいますが、徐々に経験値が上がってきちんとディスカッションできるようになります。また自分の意見の論拠を明確にするために、積極的に資料を探すことが当たり前になってくるんです。ICUでは図書館が非常に活用されていて、学生1人あたりの年間の貸し出し冊数が日本で一番多い大学なんです。ICUに入って勉強すると好奇心を持つことが重要だとわかって、さらにもっと勉強したくなってくる。新しい問題が出てきたときに何をどう探せばいいのかを自分で考えていけるし、創造的に問題を解決できる。そんな学生が育つ環境なのです。
理系メジャー学生の3分の2が国公立の大学院へ進学
―ICUには31のメジャーがあり、そこから理系メジャーを選ぶことになると思うのですが、どんな分野をカバーしてるのでしょうか。
ICUの理系の教員数は、20数名ですから、医学系や歯学系、あるいは農学系などは学部内のメジャーとしてはカバーしていません。しかしそれらの基礎でありコアとなる部分、つまり生物や物理や化学、数学や地学などはしっかり教えることができますし、情報科学など社会の変化に対応した学びも提供しています。
―学部の4年間では、どのように専門を見つけていくのでしょうか。
1、2年生の間は英語を集中的に学びながら、関心のある様々な分野を学び、自分は何を学びたいのかをじっくり考えるというのがICUの教育システムです。メジャーを決めるのは2年生の終わりですが、理系だともう少し早くから決めている学生が多いですね。またICUの理系の授業では、高校で理系の勉強を本格的にやったことがない人向けの授業を様々な分野で行っていて、それをきっかけに文系から理系にうつる学生も多いんです。やはり高校で学ぶ学問の範囲は大学に比べて非常に狭く、教えられる範囲が決まっているので「もっと面白いことがこの先にあるんだよ」ということが教えられない。たとえば高校でやった歴史の勉強と、大学で歴史学を専攻するのとでは全くやり方が違います。大学受験で学部を決めることはいま当たり前になっていますが、大学でいろんな本物の学問に触れて、それから専門を決めるというのは重要だと思います。それが物事をいろんな方向から見て、幅広く考えられる人間を育てることになりますし、リベラルアーツが果たす役割だと思っています。
―いま英語だけで教育を行う大学も増えてきていますが、バイリンガルで学ぶ強みとは何でしょうか?
世界中の人と対話して平和な世界を作るというのがICUの使命ですから、もちろん私たちも英語を重視しています。ただ、英語だけで教育を行うことに大きなアドバンテージがあるなら、アメリカやイギリスなどの英語圏の大学に行けばいいですよね。自分のファーストランゲージ、つまり母語で思考したり人の話を論理的に把握する、あるいはそれらを文章で記述できる、そこに日本の大学で学ぶことの意味があるのではないかと思います。またICUでは日本語と英語、さらにもう一つ言語を学ぶことを勧めていますが、それは世界の多様性を知るだけでなく、違う分野の理解にも非常に役立つと考えているからです。
―理工系の大学では研究や実習のためになかなか長期の留学に行きづらいという話を聞くのですが、ICUでの理系メジャーの学生の留学事情について教えてください。
理系でも多くの学生が留学しています。私が担当する化学メジャーには今年は3年生が11人いますが、そのうち5人が留学中です。だいたい4年生の6月くらいに帰国して、そこから就職もできるし大学院入試に臨む学生もいます。単に英語を勉強するために留学するのであればあまりメリットはないかもしれませんが、留学先では専攻の勉強をして成果を出すことが目的なので、理系の場合でも長期の留学が不利になっているということはICUにおいてはないと言えます。
―理系メジャーの学生の卒業後の進路はいかがでしょうか。
理系では大学院まで行くことが標準となっており、ICUも3分の2くらいの学生が大学院に行きますが、約半数が東京大学、その次に東京工業大学、あとは海外の大学院に進学する学生もいます。それらの大学院に進学しうるレベルの教育と経験をICUの授業と設備で提供できているということが、ICUの教育レベルを現わしていると思っています。
―なるほど、理系では大学院進学まで見据えて学んでいる方がほとんどということですね。
本当は5年間大学院でやってもらえるといいのですが、日本の大学院は博士後期課程に進学する人が減少しているため、今後はノーベル賞を獲る研究者を出すのは難しいとさえ言われています。そんななかICUの卒業生は博士後期課程に進学する人も多く、国公立大学や知り合いの研究者仲間からも「ICUから学生を送ってほしい」と働きかけがあるほどです。みなさん口を揃えてICUの卒業生は大学院でも伸びるとおっしゃいます。理系の大学院では研究がほとんど英語ベースになるんですが、ICUの学生は理系でも英語に抵抗がなくディスカッションやプレゼンテーションのスキルもある。そして自分で問いを見つけ、調べたり資料にあたるといった学び方を知っていることも大きいのではないでしょうか。また、ICUで数年前から始めた大学院の修士課程までを5年間で修める「5年プログラム」の希望者が理系でも増えてきています。
幅広い領域への関心と学習意欲を問う入試
―さまざまな分野の学問に知的好奇心を持ち、それらを能動的に探求し学んでいく。こうしたICUでのリベラルアーツ教育のあり方は、入試にも強く反映されていますね。
そうですね、一般入試の「総合教養(ATLAS)」は、文系・理系を問わず受験する方すべてに受けてもらっています。これは大学の授業を模擬化したもので、講義を聞き、論説文や資料を読んで問題文を解いていく形式で、人文科学・社会科学・自然科学それぞれの視点に立った論述が組み合わされています。それらへの関心と理解だけでなく、高校で習ったことが教科を超えて横断的に網羅されているので、今までに学んだことを組み合わせてアウトプットする力も問われます。これはまさにリベラルアーツを体現したもので、何か特別な対策を必要なものではなく、「あなたは普段からいろんな分野に好奇心を持って勉強していますか? 幅広い分野にチャレンジしていますか?」と問いかけているのです。たとえ理系の人でも常に社会のことに関心を持ち、そういった文章をきちんと読み込むことができている人は、それで十分対応可能だと思います。
―あらためて化学メジャーで教鞭を執る久保先生の立場から、理系の受験生に向けてメッセージをお願いします。
ICUでは、理系分野と英語の勉強はもちろん人文科学や社会科学など幅広い学問を学ぶことで、自分の視野と可能性を大きく広げることができます。専門分野以外の勉強は必要ないと考える人もいるかもしれませんが、はたして本当にそうでしょうか。たとえば私は放射化学が専門なので原子力事故の問題にも深く関わっていますが、本当の収束には住民の帰還や復興をどうするかを考える必要があり、そこは経済学、心理学、社会学の問題も関わってきます。SDGsにつながる貧困問題や環境問題などは全てサイエンスが関わっていますけれど、科学者だけ、あるいは人文・社会学者だけで解決できる問題は何ひとつありません。つまり一つの専門をやっている人だけでははっきり言って無力なんです。そして突き詰めると学びには文系も理系もない。同様に外国語は英語だけではない。すべては分かれずに混じりあって一つになっている。当たり前のことですがこのことに対応した教育体制を採っている大学がどれだけあるでしょうか。世の中がどんどん変わっているのに後追いして変革している大学が多い。ですから、様々なことを学び、新しいものを取り込み、社会を変えていきたい、今はないものを作っていきたい、そういう人はぜひICUにきてほしいですね。平均寿命も延びて最近では人生100年時代とも言われています。今の高校生のみなさんが100歳まで生きると考えた場合、大学で過ごす時間は人生のほんの4%に過ぎないとも言えます。しかしICUで過ごす4%の時間はその後の人生を生き抜く上で有効なさまざまなスキルを身につけることができる、まさに「人生を変える4年間」なのです。