2020年度にセンター試験に代わって新テストが導入されるなど 文部科学省主導により、高大接続改革が進められている。 とはいえ問題は山積で、各方面から様々な議論が噴出してきた。石原賢一氏、中根正義氏、そして本誌安田賢治の辛口論客が 大学新入試制度がはらむ問題点に鋭く斬り込んだ。 4月に法政大学スカイホールで開催された、 大学通信主催の特別シンポジウムの模様を誌上再現する。
【対談者】
駿台予備学校 進学情報センター長 石原賢一氏 毎日新聞社「教育と新聞」推進本部 大学センター長 中根正義氏 ホスト/本誌 大学通信 常務取締役 安田賢治 |
安田 3月末に高大接続システム改革会議から、最終報告が出されました。センター試験に代わる大学入学希望者学力評価テスト(仮称)ですが、数学と国語で記述式が入ることは決定しているものの、マークシート試験と一緒に行うか、別に実施するかは今回の最終報告でも未定となっています。
高校の先生が対応に苦慮するのが、段階別成績評価でしょう。最終報告で記述式は段階別評価ということになりましたが、マークシートに関しては何も触れられていません。不透明な部分として残りました。
最終報告を注意深く読むと、2020年、24年の2段階で変えていこうとしているのは間違いなく、CBT方式で実施するのも24年以降とされ、どうやら本格的な改革に着手するのは、24年からだという印象を持っています。
【気になる大学と高校の温度差生徒・保護者の理解も進まず】
中根 高大接続については、大学通信と駿台予備学校、毎日新聞社が共同でアンケートを実施し、大学学長、高校の進路指導教諭、生徒・保護者に意見を聞きました。
結果は週刊『サンデー毎日』2月14日号で詳報しましたが、「この改革は必要か」という問いに対し、大学学長の8割が必要と答え、高校の進路指導教諭も62%が必要だと回答。必要だと考える人が多数派を占めました。
一方、生徒・保護者に「大学入試改革の内容を理解しているか」を問うていますが、「あまり理解していない」「ほとんど理解していない」「全く知らない」の合計が6割に上っています。現状では理解は進んでいません。
「新テストへの移行について」は、「センター試験のブラッシュアップで十分」と回答した高校の先生方が41%。この設問に対しての大学学長の回答は18%でした。高校と大学で、意識の差があるのが見て取れます。
そこで考えたいのは、そもそもセンター試験の問題の質が、そんなに悪いのかということです。
昨年3社共催で開いたシンポジウムでは、センター試験の作問を手がけ、高校の現場を熟知した京都工芸繊維大学の内村浩教授にご登壇願いました。内村教授は今の問題は悪問ではないとし、そのへんを検証した上での改革なのかと、前川喜平文部科学審議官の前でお話しされていました。
文科省はどこまで現場が分かっているのでしょうか。理念先行ではないのか。「センター試験のブラッシュアップで十分」とする声が多いのは、高校の先生の不満、不安が如実に表れています。それを示したアンケート結果だったと思います。
では、記述式ですが、どんな中身になるか。石原さん、お願いします。
【新テストで採用される記述式採点効率優先で悪問化を危惧】
石原 当面は短い文章を書くカタチになると思います。採点の効率化のため、自由記述ではなく、一定の条件を加え、答えさせようと考えているようです。
中学の全国学力テストの国語Bに近い感じ。国語Bでは指定された用語や接続詞を使って回答しますが、たぶんこの形式になるでしょう。
しかし、現行の国語Bの記述式は矛盾だらけです。今年4月に実施されたテストでは、宇宙エレベーターに関する記述問題が出されました。
架空の雑誌記事を読み、疑問に思ったことを「なぜ」「どのような(に)」「どのくらい」のいずれかを用い、20字以上、40字以内で記述しろという問題です。「宇宙エレベーターのケーブルは、どこに延びているか」は、指定外の「どこに」を使ったからバツでした。
また「宇宙エレベーターに乗るための費用はいくらなのか」も、「どのくらいの金額なのか」と書けば満点ですが、「いくらなのか」では0点です。
中学生にしてみたら、「いくらなのか」は素朴な疑問です。ところが率直な意見を書いたら不正解となる。
高大接続システム改革会議の最終報告が出されたことを踏まえ、4月23日に3社共催で開いたシンポジウムに、東大の入試担当副学長である南風原(はえばら)朝和(ともかず)先生をお招きしましたが、この出題には苦笑されていました。
記述式といいながら、疑問を素直に書いたらダメ。おかしいですよね。
文科省もこんな記述式をやりたいわけではない。でも実際に出題するとなると、こうならざるを得なかった。
大学入試でこれをやられたら、頭を抱えるしかない。学力評価テストの記述式には、私は危惧を抱いています。
【当初とは別な方向に進む改革文科省も〝泥縄式〟の動きに?】
安田 記述式の回答をコンピュータで読み取り、石原さんが言われたように、キーワードが入っているか、さらに文章の意味が通じるかどうかで判定するのかなと思います。中根さんは記述式について、どうお考えですか。
中根 記述式について取材してきましたが、文科省では今年1月中旬に、各予備校に協力を求めました。でも予備校側は断ったようです。
出題例の提出を命じられ、とにかく出しますと文科省の課長補佐クラスの人が右往左往。泥縄式で物事が動いているような印象を受けました。
さらに、ワーキンググループのメンバーの多くは、この春に異動してしまいました。
【行程表だけが一人歩きしている現状】
中根 南風原先生がシンポジウムでも指摘していましたが、今回の教育改革は2012年からスタートしています。当初は学力の3要素や記述式、推薦とAO入試の区分廃止については言及すらありませんでした。
ところが、急にさまざまなことが降って湧いたように動き始めた。文部科学省も振り回されているのではないか? この4年間を見てきて、そんな感じがしています。
【高校の進路指導を難しくする新テストの「段階別成績表示」】
石原 センター試験の1点刻みの弊害に対し、大学改革実行プランでは、高2くらいで資格試験方式で新テストを受けさせ、学力はOKとするという話になりました。
一度しか受験できないセンター試験では、安定志向が強まります。それに比べて資格試験方式なら、再チャレンジも可能になる。ところが、いつしか立ち消えになってしまったのです。
代わって登場したのが、生徒のためにならない記述式。ますます安定志向が強まるのではないでしょうか。
マークシートでは、答えが二つ以上ある問題も出題されます。これも南風原先生がご指摘されたことですが、一部の難関大志望の生徒にはいいだろうが、一般的な生徒は点が取りにくい。
問題は山積なのに、行程表だけが一人歩きして2020年に向かう。
安田 本当にできるのか。1年後ろ倒しになるとの声も挙がっているほど。学力評価テストの段階別成績表示ですが、これも大問題といえますね。
石原 段階別評価になると、高校の先生の進路指導がやりにくくなります。
現行のセンター試験では、大手予備校や出版社が自己採点集計を出して目安を提示していますが、そもそも段階別評価のテストは、自己採点がやれないシステム。つまり進路指導の基準がなくなってしまうということです。
中間報告の案だと、個人に成績を返し、各大学も科目ごとの段階別評価のラインを公表することになっている。となると、自分が得た段階別評価で、一番高かった大学を受ける傾向が強まるのは必至で、高校側の大学振り分けが機能せず、一部の人気大学に集中し、そこが高倍率になります。
1987年のことですが、共通一次前の12月に二次出願させ東大と京大を併願できる制度に変更したのですが、難関大が高倍率になった反面、他の国公立大学では定員割れが発生し、約1万人の追加合格者が出ました。
同様の混乱が起きるのは目に見えていて、こんな状況下で高校の先生方は指導しなければなりません。
【新テストに対する不安感から国公立大学が易化していく!?】
中根 新テストは不透明で、もう私立大学でいいという雰囲気も拡大する……。景気がよくなったこともあり、大学付属校の人気が中学入試で盛り返してきました。ムリして新テストを受けるより、エスカレーターで系列私立大学に進んだほうがいい。すでにそんな動きが起きているような気がします。
この流れが加速して、国公立大学が易化する可能性もありますね。
安田 私立大学は、新テストに参加するかどうかは独自に判断すればいいという話ですし、そうなると今のセンター試験の位置づけとどこが変わるのか。
またセンター試験も、知識、技能に偏らず、思考力、判断力、表現力を問う問題を出していけば、廃止する必要はないという意見も強くなるでしょう。
学力評価テストで大枠を判断し、残りは大学独自の2次試験、小論文や面接、グループディスカッションで、主体性や多様性、協働性を見なさいということでしたが、私立大学の志願者は膨大で、そもそも面接するなど不可能です。すべてに渡って崩れてきている。そんな感想をもっています。
【実現性や運営に疑問符がつく問題多い高校基礎学力テスト】
石原 私は高校基礎学力テスト(仮称)が気になっています。アイテムバンクというデータベースに3万題ほどの問題を蓄えておいて、高校側がアトランダムに引き出して活用する方式。
でも、問題集めは民間に丸投げしそうなのが現状です。いずれは、高校にも問題を出してほしいと要請がくるでしょう。
結局、IRTを使って実施しようとしていますが、このシステムを動かすためには難易度や回答時間をインプットし、出題傾向が偏らないようにパラメーターで調整しなくてはなりません。でも、パラメーターを出す基礎データは文科省にはないのです。
この問題はどういったレベルの生徒が正答し、どのくらい得点できるか。私たちはパラメーターに関するデータをもっていますが、著作権の問題もあり、どこの予備校も協力可能かどうか頭を痛めているところです。
正直いって、基礎学力テストを当初の目論見どおり進めるのは難しい情勢。もう一度冷静になり、考え直すのが正解かなという気がしてきました。
IRT方式の試験は、TOEFLや医学部の共用試験に導入されています。いわば資格認定型試験であり、選抜型試験で用いている国はありません。
一定のレベルを超えたら1級といった、資格認定に使うならいいのです。あえて実験的なことをする必要はない。日本の受験風土には馴染まないのではないか。私の率直な感想です。
【社会の動きとは逆行する改革不透明さに拒否反応も出る?】
安田 文科省から定員管理の厳格化が大学に通達され、19年度以降は最大1・1倍以内にしないといけません。
石原 そのためには評価テストの分析が重要になりますが、国立大学側には席次だとかの細かい統計値が提供されますから、実は評価テストの1点刻みがわかる仕組みとなっています。
生徒の側には、段階評価しか伝わらない。同じレベルAなのに、自分が落ちてアイツが受かった。生徒には判定理由がわからないのです。一生のことですので、最悪の場合は集団訴訟さえ起きかねないと心配しています。
透明性を求める世の中の流れとは逆行。従来型入試を残した大学に、受験生が流れるのはほぼ間違いありません。
安田 センター試験最後となる今の中3生は、絶対に浪人できないと言い合っているとか。落ちたら新テストを受けなくてはならないからだそうです。暗い話になってきました。中根さん、最後を締めていただけますか。
中根 先日開いたシンポジウムで群馬県立高崎東高校前校長の山口和士先生がお話しされていたのですが、お上が言ったからそうなのだろうと追従したら、ろくなことにはならない。現場から声を上げていこう―とおっしゃっていました。私も同感です。
文科省自体も足元がぐらついていないでしょうか。思い起こしていただきたいのですが、大学改革実行プランが出たとき、国立大学の統廃合の話が出ていましたが、いつの間にか消えました。
英語の外部試験導入の件も、大臣が代わった途端、トーンが下がっているように感じます。
子どもの未来を本当に考えているのか。文科省は、もっと現場の声に耳を傾けてほしい。また、現場の先生方は、声を大にして発言していかないといけないと考えます。そうしてこそ、日本の教育が良くなっていくのではないでしょうか。