「予測不可能な変化」の時代にこそ不変なリベラルアーツをー国際基督教大学(ICU)

「予測不可能な変化」の時代にこそ不変なリベラルアーツをー国際基督教大学(ICU)

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気候変動、貧困と格差、高度にDXが進む社会、そしてコロナ禍。まさに予測不可能な変化を遂げる現代にこそ、リベラルアーツの社会実装が必要だと岩切正一郎学長は説く。その真意はどこにあるのか、お話をうかがった。

学長/教授
岩切正一郎 (いわきり しょういちろう)
専門
フランス文学 演劇
主な研究テーマ
フランス近・現代詩、おもに詩人ボードレールに関する研究。フランス戯曲の翻訳論と実践。
学歴
1983年 東京大学文学部フランス語フランス文学専修卒業
1988年 東京大学大学院人文科学研究科仏語仏文学専攻修士課程了(M.A.)
1991年 東京大学大学院人文科学研究科仏語仏文学専攻博士課程満期退学
1993年 パリ第7大学テクスト・資料科学科第三課程修了 (DEA)
職歴
1996年 国際基督教大学教養学部助教授
2007年 同教授
2011年 同アドミッションズ・センター長
2019年 同教養学部長 2020年4月より現職
受賞歴
2008年 第15回湯浅芳子賞(翻訳・脚本部門)

対話する力、多面的に見る力が社会にも必要

―ICUでは新たな中期計画(2021〜2025年度)において「リベラルアーツの社会実装をめざす」と掲げています。この目標の意図するところについて詳しく教えていただけますか?

前回の中期計画の目標は「世界を舞台に活躍できる指導的人材を養成したい」という“人”にフォーカスしたものでした。今回の〝社会実装〟という言葉は、新しい科学的な発見が製品化されるなど、社会のなかで実用化されるときによく使われます。少し抽象的な表現かもしれませんが、リベラルアーツの持つ世界観、すなわち対話する力や物事を多面的に考える力を社会の中に浸透させていきたい、という願いを社会実装という言葉に込めました。

―なぜいま「社会」に向けた目標を掲げたのでしょうか?

そうですね、例えばいまのネット社会はじつに多くの情報が溢れています。でも人は自分の主義主張に基づいたフィルタリングで〝自分にとって必要かつ快適な情報〟だけに触れたり、SNSでも自分と似通った考えの人たちばかりで集まりがちです。そこには異なる意見を持つ人との対話がすっぽり抜け落ちていると思うのです。

あるいは、今の日本政府はどうでしょうか? 会見などを見ていても、記者とのやりとりや国民に対する説明のあり方も、ほとんど対話を欠いた政権運営になっているのではないでしょうか。トランプ政権時代のアメリカも、トランプ氏の支持をめぐる対立構造で国民が大きく分断されていました。そして世界にはいまでも独裁的な指導者と、抑圧される市民が存在しています。

これからは今まで以上に人と人とが平等かつ対等な立場で他者と話し合い、相互理解のもと世界をより良くしていくことが求められます。リベラルアーツの力が今の社会には必要不可欠ですし、社会そのものの考え方も変わってほしい。そのためにICUとしても社会にできる限り寄与していく責務があると思っています。

―社会実装に向けて、具体的にはどのような取り組みを行っていくのでしょうか?

外部の企業や自治体、あるいは大学間の連携を強化して、ICUを国際社会・地域社会に開いていきたいと考えています。最近は日本国内の大学が集まり大学で消費する電力を再生可能エネルギーでまかなって脱炭素化をめざす「自然エネルギー大学リーグ」、文部科学省と経済産業省と環境省が立ち上げた「カーボン・ニュートラル達成に貢献する大学等コアリション」に加盟しました。大学が地球規模の問題を考える場所であることを示すとともに、その動きを国際的に広げていきたいです。

ほかにもサービスラーニング(社会貢献活動を通じた学修プログラム)ではソーシャル・ビジネスと連携を進めています。例えば、インドネシアのカカオ豆を輸入して製品化しているDari Kというチョコレートの会社をご存知でしょうか。コロナ禍が収束したら実現しますが、現地のカカオ農園の視察や実習を通じて、農業・開発・経営・マーケティングなど非常に多角的な学びができるプログラムを作っています。

また、キャンパスのある三鷹市とも包括協定を結びました。地域の課題を公共政策としてどのように解決していくのか、現場で職員と学生が交流しながら学んでいきます。理論だけでなく、それを現場で実践していくうえでどんな能力が必要になるか等、授業の学びの先にある広がりを大学教育の中で学生にもっと知ってほしいですね。

テクノロジーを鵜呑みにせず、学際的に捉えられる人材を

―全学を対象とする数理・情報科学に関するカリキュラムを構築するとうかがいました。リベラルアーツの学びのなかでこの分野を必修化する狙いを教えてください。

Society 5.0の時代と言われるように、デジタル化が進む社会で活躍するためには、数理・データサイエンス・AIの基礎知識やデータ思考の素養が不可欠です。とはいえICUが育てたいのは、単にプログラミングスキルの高い人ではありません。テクノロジーすべてを鵜呑みにするのではなく、「自分たちが作ろうとしているものは本当に人間を幸福にするのか」という視点を忘れず、常に自問しながら社会を動かす人を育てる必要があると思います。

もちろんICUには情報科学のメジャーがあるので、専門的に学んでテクノロジーを極めたいという人も大歓迎です。でもリベラルアーツだからこそ人文科学や社会科学と連携して、倫理的・法的・社会的な課題としてこの分野を多面的に学ぶこともできるのです。

専門的にも、あるいは多角的にも情報科学を学べる点はICUならではだと思いますし、学生の関心に応じた魅力的なプログラムを提供していきたいですね。

―そのほかにICUの学びについて新たな取り組みがあれば教えてください。

一般教育科目をより学際的、つまりリベラルアーツ型に改編する準備を進めています。仮に「現実とは何か」というテーマがあったとしましょう。これを古典物理学と量子力学の観点で捉えると、それぞれで全く異なる世界が広がっています。

また心理学的な観点から見て、人間が心で捉える現実とはいかなるものでしょうか。あるいは芸術というアプローチでも、現実はまた違ったものとなるはずです。

このテーマに対する答えはひとつではありませんから、学生そして教員同士も活発に議論できると思います。そして関連の無さそうな学問分野が、実は根底で結びついていたことを発見できるかもしれません。そんな知的な興奮や歓びを、学生のみなさんにはどんどん経験してほしいですね。

さまざまな専門的視点から対象を理解し分析できる〝リベラルアーツ的思考能力〟を養ってほしいと思います。

多様な学びを受け入れられる学生に来てほしい

―中期計画では入試改革も視野に入れているとのこと。どのような変化が見込まれますか?

昨年度はコロナ禍のため、一部の入学者選抜はオンラインに切り替え、問題なく実施することができました。今後もこうしたテクノロジーを活用して受験生の移動負担を軽減するなど、変化は出てくるかもしれません。ただ入試のあり方について極端な変化はないと思います。

そもそもICUの入学者選抜は外国の教育制度で学んでいる人、帰国生の人、日本の高校に通う人などその背景によって様々な制度があります。そして日本の高校から一般選抜で受験する場合は「準備しづらい、特殊な内容」と評する人が大半です。でも私たちが受験生に問うているのは覚えたものをただアウトプットする力ではなく、初めてのものに対応する力です。

同時に、単に試験の成績がいい人ではなく、大学の理念を理解してくれる人に来てほしいという想いもあります。リベラルアーツで学びたい、英語やその他の言語を身につけて世界のため、人のために活躍したい、そう思ってくれる人をICUとしてどのように迎え入れるか。そういう観点で今後の入試を考えていきたいと思っています。

―コロナ禍の影響で都内の主要な大学が入試志願者を減らしたいっぽうで、ICUは前年並みを維持していました。ICUの教育に対する共感者が多いという実感はありますか?

大変ありがたいことだと思っています。とは言っても1学年の定員は620人です。大きな大学では1学年で1万数千人の学生が入学していますから、約20分の1という規模です。でも20年分の学生がほしいとは全く思っていませんし、ICUで提供する学びの面白さやユニークさに価値を感じる620人に来てもらえればいいですね。

―5年修士号まで取得できるプログラムを選択する学生が増えてきている、とうかがいました。

国際機関で働こうと思ったら、修士は当たり前の応募要件なのですね。しかし日本の大学制度で取得すると6年もかかってしまいます。5年プログラムなら専門性を深めながら時間や学費の負担は1年分減りますし、大学院の入学費も免除されます。何より修士の学位を取れることで、国際機関などで働くなど将来の選択肢が広がります。ICUでこのプログラムを導入してから選択する学生が増加しているため、大学院教育をいま強化しているところです。

―ICUでは他大学の大学院に進学する学生も多いそうですね。

そうです。学生全体の約20%、自然科学メジャーに限ると約70%が大学院に進学しているのですが、ICUのほかに東京大学、筑波大学、東京工業大学などに進む学生が多いですね。

それから自然科学メジャーでは、4年間の学部を終えて医学部に編入する学生も毎年数名います。ICUから医学部編入というのは外部から見ると想像しづらいかもしれませんが、リベラルアーツ教育から広がる進路の多様性がよくあらわれているのだと思います。

教員と「対等に議論できる」ことが意味するもの

―今後、時代の変化とともにICUのリベラルアーツはどのように変わっていくのでしょうか?

ICUの理念は、基本的には変わらないと思います。まず大学名の通り国際性・キリスト教精神・そして学問が基本にあります。そしてそのために、本学では批判的思考・対話・多様性を非常に重んじています。

ただ社会の変化の中で、どのようにそれを実践していくのかがいろいろ変わってくると思います。これまでは語学力を身につけて外資系企業や国際機関で活躍する、ということが主眼でした。それも大事なことですが、いまはもう「何をどうするための活躍なのか」が問われています。例えばSDGsなど、これから社会が直面する困難に私たちはどのように立ち向かうべきなのでしょうか? 貧困や格差をなくしていくにはどうすればいいのでしょうか? 人間の幸せなど本質的に大切なことをしっかりと理解して、最適解を見いだし、それを実践できる人、そういう人を育てていくのがこれからの時代の大学のあり方だと思っています。

―そういう人材を育てるために、ICUではどういうことを意識しているのでしょうか? 

日常的に教員と「対等に対話する」ことですね。これは特別に意識しているわけではなく、ICUの大学生活で当たり前に行われています。もちろん学生は教員より知識も少ないし、主張がすべて正しいわけではないかもしれません。でもそこに遠慮したりへりくだることなく対話を重ね、何かを一緒に見いだしていく。それが私たちの日常的な交流のあり方なのです。

これはつまり相手や自分の年齢、経験値、社会的地位といった要素に臆したり左右されることなく、対等に議論する経験を4年間持てるということ。これはその後の人生を変えてしまうほど大きな意味を持つ経験だと思います。

―最後に、受験生の皆さんにメッセージをお願いします。

ICUは愚かな戦争への反省、そして平和な未来の建設という希望のもとに献学された大学です。初代学長はICUのことを「明日の大学」と呼びました。科学技術の進歩、人間や社会や自然への理解。今日より明日はより深く世界が見えていて、知見が世界に共有されている。明日というのは、いま現在の時間軸の、日付を持つ明日ではありません。明日とは、常に変化する運動のなかにおけるひとつの言い方に過ぎません。すなわち「明日の大学」とは、常に深く学び、今日より前に進んで行く姿勢を意味しています。そういう理念の大学でリベラルアーツを学び、さまざまな社会課題の解決に向けて国際社会の役に立ちたいと考えている方には、ぜひICUで対話に溢れたかけがえのない4年間を過ごしてほしいと思います。

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