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日本初となる「建築学部」が工学院大学と近畿大学で新設されたのは、2011年のことだ。
それから10年。緊急事態宣言下の5月、現在建築学部を擁する9大学(*)の学部長をオンラインでつないだ10周年記念サミットが開催された。
建築学部の意義や学び、ポストコロナの展望など、来し方行く末が語られたウェビナーの模様をリポートする。
*東北工業大学 石井 敏、日本工業大学 足立 真、工学院大学 野澤 康、芝浦工業大学 秋元孝之、明星大学 村上晶子、金沢工業大学 蜂谷俊雄、近畿大学 岩前 篤、関西学院大学 角野幸博、武庫川女子大学 岡崎甚幸
それぞれに特色ある大学の建築学部
サミットに参加したのは、東北工業大学、日本工業大学、工学院大学、芝浦工業大学、明星大学、金沢工業大学、近畿大学、関西学院大学、武庫川女子大学の9校。工学院大学が事務局を務め、各学部長をオンラインでつないだ。リアルに〝一堂に会する〟ことは叶わなかったが、工学院大学新宿キャンパスの1階アトリウムで開催された。サミットは日刊工業新聞の論説・編集委員である山本佳世子氏をコーディネーターに迎え、二部で構成。一部では各大学が特色をプレゼンテーションし、二部ではいくつかのテーマに沿ったディスカッションを行う。
建築学はもともと、工学の一分野として捉えられることが多かった。しかし本来、その学問領域は理系・文系という枠に収まらず、芸術や社会、最新技術、人々の暮らしなど多岐にわたるものだ。学科ではなく学部として独立させ、多様な学問を体系的に学ぶ意義は大きい。
9大学の建築学部には、共通点が少なくない。例えば、多分野を網羅する学問であるがゆえに、入学時あるいは専攻に分かれる3年時以降に、横断的な学びの機会が設けられていることだ。いずれの大学のカリキュラムも、かなり柔軟に授業を選択できるよう設計されていた。また、建築学を通した産学官連携への注力も共通している。その上で、建築学部の創設時期や規模だけではない、それぞれに異なる特色が印象的だ。
災害対策や復興の実践教育に力を入れる東北工業大学や、伝統と革新のバランスに地域の独自性がうかがえる金沢工業大学は、その地元密着型の学びこそが学生のモチベーションに直結する。総合大学である明星大学や近畿大学には多彩な学部を擁する強みがあり、建築学部の歴史が長く規模も大きい工学院大学は3つの学科、12の分野という幅広い選択肢が魅力だ。日本工業大学は県内の他大学と連携したプロジェクトで、福祉空間デザイン分野の課題に保健医療福祉、医学、薬学の協働で取り組むなど、「実学」を体現する。建築という言葉の再定義を試みる芝浦工業大学は少人数制のプロジェクトゼミにより大学院までの6年一貫教育を目指し、唯一の女子大学である武庫川女子大学はフィールドワークを重視、その大学院進学率は7割を超える。関西学院大学はまちづくりの構想から計画、建設、運用、保存、再生までひとつながりに建築学を捉えつつ、グローバルな視野を養う。これらは個々にユニークな特色の、ほんの一端に過ぎないのだ。以降は、共通点や相違点によりいっそう活発になった第二部のディスカッションを紹介しよう。
文系学生も歓迎 建築学部の可能性
――視聴者からの質問が多かったのですが、学部として設立する際に他学科との調整はどうされましたか。
東北工業 2学部だけの小さな大学にとって1学部を新設するインパクトは大きなものでした。他学部からは「土木も建築も同じでしょう」という意見もありましたが、独立させるべき学問であると説得しました。1学部1学科なので、複数学科がある他校の皆さんのお話を聞いていると魅力的だなと感じます。ただ、我々は細分化されていない分、間口を広くして進路の多様性を提供していければと思っています。
工学院 そこは大事ですね。本学は複数学科ですが、高校生は何を選べばいいのか迷うでしょう。そのため受験時は学部だけを選び、学科はある程度知識を得てから、ゆっくり決めることができる選択肢も用意しています。
日本工業 工学部に組み込まれていたときは、どうしても工学という価値観に縛られていました。つまり、まずは理数系科目を学ばないと先に進めないのです。しかし建築は総合的な学問であり、4年間で偏重のないカリキュラムを組みたかった。ですから工学部から独立したメリットは大きいと考えています。
明星 私も着任当初から建築が工学部の中にあることに違和感があり、ずっと学部にしたいと思っていたので、今は念願が叶って嬉しいです。中堅の総合大学ですが、他学部と協調する文化が根付いており、調整に苦労はありませんでした。すべての大学で建築学が学部になっていくことを願っています。
武庫川女子 本学はUNESCO-UIA建築教育憲章対応プログラムとして認定されているのですが、世界における建築学は「学部」が前提です。ようやく日本も動き始めた感があり、今後の学部拡大が期待されます。今、高校生に建築学部の話をすると、とても興味を持ってくれますよ。
関西学院 高校の先生はどうしても「文系・理系」だけで括りがちなので、受験科目を含め、建築学部に必要な学力とは何か、もっとアピールしていくことが課題ですね。
近畿 同感です。建築学部になってから女子学生の比率が増えたのですが、文系でも受験できることが間口を広げたようです。
オンラインと対面 双方のメリットを生かす
――コロナ禍でオンライン授業が増えているかと思いますが、どのような影響がありますか。
近畿 私はオンライン化を、学びの新たな手段であると前向きに捉えています。以前なら、製図室での作業中は目の前のことに手一杯で、話を聞いていない学生がいたものですが、オンラインになってから集中して聞けるようです。フィードバックも対面の頃より容易になりました。コロナ禍により製図・デザイン教育で学びの機会が奪われているとは感じません。基本の座学はすべてオンラインでできるのではないでしょうか。極端かも知れませんが、レベルの高い教材を全大学で共有し、対面授業については各大学の特色を出していくという新しい試みがあってもいいと思っています。
金沢工業 確かに、オンラインのメリットはあります。私は製図実習で12人程度の学生を指導しますが、対面だと自分と周囲の2、3人分しか関われません。見えないからです。しかしオンラインは一発で画面共有できるので、常に全員が手元に他学生の製図を呼び出せます。これは大きいですね。世界中の参考建築もその場で差し込め、授業の質が上がった事実は否めません。
武庫川女子 しかし、座学であっても学生は登校したがるでしょう。学生は1人1台の製図机と専用PCを与えられているのですが、それを自分のスタジオだと感じています。大学に居場所があるという事実が大切なのですね。また模型制作や講評会はオンラインでは難しい。まずはできることとできないことの、慎重な切り分けが必要です。
日本工業 この1年で指導者も学生もITスキルが上がりました。授業の内容を後から見返したり画面を共有したり、オンラインの良さは私も感じています。一方で、やはり建築学は3次元が重要です。2次元の画面では伝わりづらい実習もある。「居場所」というお話がありましたが、感受性の高い年代にリアルな接触体験の機会が減っているのは見過ごせません。
芝浦工業 基礎系、座学はともかく、プロジェクトベースの授業はオンラインだと難しいですね。これは海外の大学の事例を見ても同じようです。やはり現地に足を運んで、肌身で感じる経験は大切です。VRがもっと進化して触感や匂いまで再現できるようになったら、あるいはオンラインですべて完結するかも知れませんが。
明星 本学ではハイブリッドにして授業の質が上がりました。今、教室の人数を3分の1程度に減らして対面授業をしていますが、講義はマイクを使い、資料はスマホで撮影して学生が手元のタブレットで見られるようにしています。つまり、リアルに集まっていながらオンライン授業のようなものですね。それでも、同じ空間にいることが、学生にとっては非常に重要なのです。
東北工業 どちらのメリットも上手く取り入れていきたいですね。入学後まもないトレースの授業で、工業高校出身者が経験のない普通高校出身者に手を貸す様子は風物詩のようなものですが、そうした切磋琢磨をはじめ、リアル無しには成立しない機会もあります。
工学院大学の新宿アトリウムは常設では日本初となる動く壁「キネティックウォール」を備えたデジタルアート表現の場に生まれ変わった。リニューアルには、西森陸雄教授(建築デザイン学科)が設計を担当。本サミットは当初、新宿アトリウムに集まり実施する予定であった。
今こそ示される建築学部の存在価値
――ポストコロナの時代、学問のテーマにも変化はあるのでしょうか。
関西学院 対象と方法の変化を予期しています。まず対象ですが、従来の都市デザインとは異なる空間を意識せざるを得なくなるでしょう。都市の賑わいの中で喜びを感じる従来のデザインだけでは、いざというときに密を避けられません。新たな公共空間とそれに伴うマネジメントが必要です。また方法ですが、通信データなど人々の行動を計測する新しい手法が見えてきました。個人情報の課題はありますが、人の流れから都市空間の使い方を分析・予測することは可能です。今はリモートワークが浸透して郊外の駅前や自治体のスペース、ニュータウンの再生などが活況を呈しているものの、これから揺り戻しがあるかも知れず、刻々と変化する社会への興味は尽きません。
金沢工業 リモートワークでこれまで何をやっても上手く行かなかった地方創生が、再び注目されています。本学のような地方都市大学が、新しいライフスタイルを踏まえたまちづくりに挑戦する機会だと思っています。
工学院 そうですね。建築に限らず多種多様な知見が必要になる今こそ、総合学問である建築学が学部としての存在価値を示していくときです。横断的なつながりがある立ち位置を生かして情報技術を集約するなど、連携して役割を果たしたいですね。
芝浦工業 学部でしかできないことが、きっとあるはずです。建築学会でも知恵を出し合っている中で、ぜひ一石を投じたいものです。
短い時間ではあったが、有意義な意見交換の場となった。最後は一度限りのサミットでは惜しい、という声が相次ぎ、次回を期しての閉会となった。建築学部の可能性はますます広がっていく。
工学院大学建築学部(まちづくり学科/建築学科/建築デザイン学科)
1887年(明治20年)、日本の私立学校で最も歴史ある工業学校である「工手学校」として誕生し、造家(建築学の前進)学科も有していた工学院大学。明治時代から現在まで、新しい時代を拓く技術のパイオニアを世に送り出してきた。
2011年に日本初となる建築学部が誕生。工学の枠を超えた幅広い知のフィールドとして、まちづくり学科、建築学科、建築デザイン学科の3学科に12の分野を用意している。