大学間連携から大学院進学・医学部編入まで学びの場所は 自分で選び、広げるもの―国際基督教大学(ICU)

大学間連携から大学院進学・医学部編入まで学びの場所は 自分で選び、広げるもの―国際基督教大学(ICU)

日本の大学でリベラルアーツ教育の先駆者として知られる国際基督教大学。同大学は教育の文理融合を図るとともに、さらに学生の学びの場も弾力的に広げていけるよう数年前からさまざまな大学と連携協定を結んできた。その成果とこれからのねらい、学部と大学院での学びについて大学院部長の溝口 剛教授に話をうかがった。

大学院部長
溝口 剛 (Tsuyoshi Mizoguchi)
筑波大学第二学群生物学類卒業。筑波大学生物科学研究科博士課程修了。理化学研究所専任研究員、筑波大学准教授を経て2012年に国際基督教大学教授に就任。研究戦略支援センター長、自然科学デパートメント長、生命科学デパートメント長を歴任。2017年度に内閣府・上席科学技術政策フェローを兼務。

リベラルアーツとサイエンス

―ICUは文系・理系の垣根を超えた学際的な教育を実践する大学として知られています。溝口先生のご専攻は生物学ですが、リベラルアーツにおいてサイエンスを学ぶ意義について教えてください。

たとえば新型コロナウイルスの感染は現在も世界中で拡がっています。ウイルスは生物学や医学分野が扱う対象ですが、いま起こっている問題を生物学と医学だけで理解することができるでしょうか。マスクの必要性、経済に与える影響、世界各国の対応、国家間のパワーバランスなど、今回の件は私たちにさまざまな分野を幅広く学ぶ必要性を改めて示唆した出来事だったと思います。

ICUには31のメジャー(専修分野)がありますが、そのうち自然科学分野は5つです。毎年卒業する6百数十名のうち自然科学分野で卒業論文を書く学生は約80名ですが、ICUでは、卒業するすべての学生にサイエンス(ここでは自然科学)を勉強してもらっています。もしかしたら文系(人文科学や社会科学)の学生には難しい分野もあるでしょう。でもこれから未知のウイルスや病気についてどう対処すべきなのか、報道される情報の信頼性をどう判断するか、またそこから発生する経済や外交の問題をどう捉えるのか。そういったことを理解していくうえでサイエンスの学びが果たす役割はとても大きいのではないかと思っています。

また、サイエンスはこうした国際問題ばかりでなくもっと身近な問題にも関わってきます。わかりやすい例では親や家族の病気や死に直面する瞬間というのは誰にでも等しくやってきます。その際に家族として医師から症状について説明を受け、手術や治療方法の選択をしなくてはなりません。自分で事態を理解して判断するよう迫られたときに、生物学や医学をまったく理解していなくても大丈夫でしょうか。こうした社会において避けられないサイエンスの必要性についても、ときに自分の体験も交えながら学生に伝えるようにしています。

―なるほど。それでは授業でサイエンスの面白さや必要性に触れたことで、触発された学生が理系のメジャーを選択するケースもあるのでしょうか。

生物学メジャーを選択する学生については比較的多いですね。私たち人間、あるいは食事の対象である野菜や動物なども同じ生き物として身近な存在ですし、物理や数学の専門的な知識をそこまで必要としないというところも取り組みやすいのかもしれません。それ以外にも地球温暖化、原発問題、マイクロプラスチックの海洋汚染といった社会問題に取り組みたいと環境研究を選択する人も多いです。近年注目を集めているAI、ゲームやアプリ制作に関わるプログラミング、マンガの作画といったデジタルアートなど、コンピューターサイエンスへの関心の高まりから情報科学を選択する学生も急増しています。また、複数の分野に関心がある場合は、ICUでは[シングルメジャー][ダブルメジャー][メジャー、マイナー]という3つの選択方法がありますから、「文学+生物学」「法学+化学」など文系理系に捉われず自由な組み合わせで学ぶことも可能です。「ひとつの専門領域をきわめれば社会で活躍したりキャリアアップできる」、そういう時代は終わりつつあるのではないでしょうか。

自由で自在な学びの体現

―専門性を深めていくために大学院進学という選択肢があるわけですが、ICUでは大学院の進学率がかなり高いとうかがっています。

そうですね、大学全体での進学率は約20%、自然科学分野に限ると約70%の比率で推移していて、これは国立大学と肩を並べる高い数字だと思います。このような環境から自然科学分野の学生は先輩たちの進学する様子を目の当たりにすることが多く、自然と大学院進学への意識が高まっているのだと思います。

われわれも学部教育では「レイトスペシャリゼーション」すなわち幅広く学んでからゆっくり専修分野を考えましょうと伝えるとともに、同時に「自分のキャリアについてしっかり考えましょう」ということもお伝えしています。具体的には大学院とはどんなところなのかと知って身近に感じてもらえるよう、他大学の大学院から先生方に来ていただき、進学説明会を開いていただいています。

―なるべく自大学の大学院へ、ではなく積極的に他大学の大学院も展望するというのは非常に度量が広い―。

他大学では自分の大学の大学院にそのまま学生を取り込みたいというお考えが多いようで、ICUはちょっと変わっていると言われます(笑)。私たちのスタンスは他大学とは違っていて、学生が積極的に自分の学びを追求できる環境を作りたいという思いが根底にあります。私は2012年に本学に着任しましたが、そこから東京農工大学、筑波大学、奈良先端科学技術大学院大学、北陸先端科学技術大学院大学の4つの大学との大学間連携協定をまとめてきました。これによって学生の派遣や単位互換、さらに大学院レベルでの交流を実現させてきたのです。たとえばICUには工学系のメジャーそのものはありませんが、物理学や環境研究メジャーには工学的なPh.Dを持つ先生がいらっしゃるので工学を学ぶことができます。さらに東京農工大学さんは自転車で15分と近いのでそこでさらに関連する工学部の授業を受けたり、そちらの先生に卒業研究の指導をしていただくこともできる。そんな〝国内留学〟を経験することで大学院の選択肢も広がっていくわけです。

―そうなんですね。実際に大学間連携協定を活かして他大学で学んだり、外部の大学院へ進学する学生さんは多いのでしょうか。

実績は増えてきつつありますね。例を挙げますと、私の出身でもある筑波大学でICUの学生が約1年間、自由な分野で卒業研究をご指導頂く仕組みを作りました。というのも私の教える生物では、医学分野を目指していたという学生も一定数いるんです。ただICUに来て4年間リベラルアーツで学んだあと、それでもやはり医師の道を諦めたくないと考える学生も出てくるんですね。そこで筑波大学の学長や先生方と話をして、ICUの学生、この場合は生物学メジャーの学生が先方の医学群で卒業研究の指導を受けさせていただくことになったんです。昨年は6名を筑波大学に派遣したうちの4名が医学系の卒業研究でお世話になりました。そのうちの2名は編入試験を経て無事に名古屋大学と弘前大学の医学部にそれぞれ編入を果たしました。

―ICUから国立大学医学部というのは、一般的には想像しづらい進路ですね。

そうなんです。やはりリベラルアーツで幅広い学問をバイリンガルで学びながら自分の将来像を見据え、研究テーマを携えて筑波大学にアポイントを取り、そこでしっかりと卒業研究を成し遂げた。この点が医学部編入の面接でかなり強いインパクトが与えられたのではないか、と学生本人も話していました。こうした大学間連携は少しずつ軌道に乗り始めてきたところで、実績も増えてきました。昨年度はその医学部に編入した2名を含めて10名ほどが卒業後に医学関係へと進んでいます。また、この取り組みは自然科学分野に限定したものではなく、筑波大学からはBPGI(地球規模課題学位プログラム)の学生をICU側で春学期に1学期間10名程受け入れ、英語による一般教育科目や基礎科目の授業を受けていただいています。双方向でお互いのいい部分で補い合っているという状況です。

世界レベルのサイエンス人材

―ICUの大学院にも約200名が在籍していますし、2011年には通常より1年早く修士を取得できる「5年プログラム」を導入しました。昨年からは「実務家」養成のためのプログラムを新たにスタートしましたが、これらにはどういった狙いがあるのでしょうか。

ICUの大学院には[心理・教育学][公共政策・社会研究][比較文化][理学]という4つの専攻があります。これらの学問領域とは別に「外交・国際公務員養成プログラム」「責任あるグローバル経営者・金融プロフェッショナル養成プログラム」「IB(国際バカロレア)教員養成プログラム」という3つの学修プログラムを開始しました。いずれもリベラルアーツの素養をもちながら、より実務的に世界の課題解決に貢献できる人材育成が求められているからです。なかでもIB教員養成についてはいま国内の需要が非常に大きく、学生の関心も高まっています。本学の学生は高い言語能力や英語教育能力を持ち合わせていますから、その特性を活かして教育に携わりたいという人が多いのです。

「外交・国際公務員養成プログラム」については、ICUは献学当初から多くの外交官や国際機関職員を輩出してきたという背景があります。でも主要な国連の専門機関において、現在代表を務めている日本人はゼロという状態です。いっぽう中国では全体で15の国際機関のうち4機関でトップにいるなど、かなりバランスが変わってきました。これはもちろん代表の方の国籍や国民性を問うているのではなく今後は日本で学んだ、できればICUの卒業生がもっと世界で責任ある業務を担っていってほしいと思っています。

―ICUの大学院で今後注力していきたい分野があれば教えてください。

ここまでサイエンスを中心にお話ししてきましたが、一方でこれまで大学院や前述の学修プログラムにおいて、自然科学分野やサイエンスを学んだ方々の活躍の場はやや少ないという状況が続いてきました。そこで今後は環境科学を軸に多面的な学びを展開するプログラムに取り組みたいと思っています。大学院にサイエンス関連のプログラムを設けることによって、それを目指して学部に来る学生が増えることを期待しています。ICUでは授業やグループワークにおけるディスカッションをとても大切にしているのですが、例えばコロナウイルスやAIを議題にしたり、ノーベル賞を話題にして再生医療に話が及んだ際に、サイエンスに疎い学生だけで議論しても得られるものが少ないわけです。自然科学分野に強く正しい知識をもつ学生が議論の輪に一定数いるというのは、とても大事なことだと思います。

また外交・国際公務員といっても環境分野やサイエンス関連の国際機関もありますから、やはり自然科学の学問分野は切り離せないわけです。今後はそこを目指した理系に近い養成プログラムを作っていきたいです。

―確かに金融にもIB養成にも、すべてサイエンスが関わっていますよね。

情報科学や数学的なセンスというのはICUに限らず多くの私立大学において、いま弱くなっていると思います、また入試においても理系分野を避けて簡素化する傾向があるとも聞きます。日本の高校教育システム自体が学生を文系・理系で分けているため「何を学びたいか」「何が必要か」ではなく「数学が苦手だから文系にした」というようなある意味本末転倒な選択すら見受けられます。ICUではそういう思考から離れていただいて、「全般的に幅広い分野を正しく理解できる」ことを目指してほしいと思っています。

ICU的研究拠点の創出

―いま新校舎を建築中ということですが、これはどんな施設になるのでしょうか。

もともとは理学館という建物に、自然科学教員のオフィススペースとそれぞれの実験室、大小の教室が入っていました。しかし築後50数年が経過して老朽化が進んできたため、刷新して新棟を立ち上げることになったのです。でも、これは単なる理学館のリニューアルではなく、全学レベルで総合的に使う新しい施設を目指しています。スペース的には現在の本館と同レベルの床面積になり、自然科学系の教室や実験室はもちろん全学生が使用する教室、人文・社会科学系の研究所などがそこに入る見込みです。学内の全研究分野が総合的に入ることで、融和を図るような体制にしていきたいですね。最近は他大学でもリベラルアーツや文理融合に取り組もうというところが増えてきましたが、現実的には大規模な大学にとって非常に困難なことだと思います。一つの建物に全研究分野が入るというのは世界的に見ても極めて先進的な取り組みですし、ICUの規模でないと実現できないのではないでしょうか。非常に実験的な試みなので、何とか成功させたいと考えています。

―新校舎に学問分野横断型の設備・機能が集まることで、どんなシナジー効果を期待しますか?

国立大学をはじめ一般的な大学では、教員の配置を博士課程で人員管理していることが多く、研究の活性化をベースにした運営がなされています。一方ICUでは教員が教養学部に所属しており、教育活動が中心になるという考え方です。私たちの教育は非常に先進的であると外部からの評価も高く、ノウハウも豊富にあります。しかし献学して60年以上が経ったいま、今後は研究能力の向上も取り組むべき課題であると考えています。研究が活性化されれば教育もさらに向上しますし、教職員・学生ともにさらに良い人材が集まります。この新棟にかける期待というのは、そうした学内全体と大学への波及効果も含めた研究活動の活性化ではないかと思います。

―最後に大学で学びたいと考える受験生や、それをサポートする高校の先生方にメッセージをお願いします。

高校生の方や親御さん、あるいは先生方にとっての大学選びでは、研究設備の充実や多くの先生が在籍しているという点に最初に興味が行きがちなのではないでしょうか。しかし自分がこれからどんなことを学び、どんな研究を行うかというのは、まだまだ高校や大学の学部レベルで見えてくるものではなく、大学院より先の話だと思います。それを考えると学部時代はしっかりと下地を作り、グローバルで活躍するためのさまざまな能力を涵養する時期として大事にしてほしいですし、ICUではそのための教育を惜しみなく提供しています。そしてじっくりとゆっくりと力を蓄えたら、自由にどこへでも進んでいけばいいのです。他大学で卒業研究に挑戦したり、医学部の学生と一緒に勉強して自分の力を試してもいい。大学間連携を活用した国内留学だけでなく、海外の大学に留学することもできる。あなた次第で何でも学びを広げていける環境がICUにはある、ということを知っていただければと思います。

ユニヴプレスMAGカテゴリの最新記事