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新型コロナウイルスにより多くの学校が休校を余儀なくされる中、オンラインを活用した授業が始まっている。4月から全学で遠隔授業を実施する金沢工業大学の鹿田正昭副学長は、可能な範囲で遠隔授業の仕組みづくりに取り組む必要性を説く。鹿田教授による遠隔授業の実施事例や、その核となる「e-シラバス」の授業への活用についてお話を伺った。(取材は2020年5月中旬にビデオ会議システムにて実施した)
―コロナ禍の中、多くの学校で休校が続いています。金沢工業大学(KIT)の状況は。
5月31日までキャンパスを立ち入り禁止としています(5月中旬時点)。対面での授業は行えていませんが、今学期の授業は通常よりも1週間遅い4月20日からオンラインでスタートしています。
―遠隔授業はどういった形で行っているのですか。
大きく2つのパターンを取っています。一つは、事前に講義を録音・録画したパワーポイントなどのファイルを作成して、オンデマンドで配信する形。もう一つが、「Zoom」などのビデオ会議システム上でリアルタイムに授業を行う形です。私の授業では「Moodle」というe‒ラーニングのサービスも活用しています。
―資料共有や出席管理など、事務作業が大変ではないですか。
本学では2016年に「e‒シラバス」という学内ポータルサイトを開設しました。
授業内容や評価基準といった通常のシラバスにある情報はもちろん、配布資料や参考資料、関連ページへのリンク、レポートの提出機能、授業後に学生が授業を振り返って記入する「自己点検」の機能、学習状況の達成度が分かる機能などを集約。各科目に関わるすべての情報に、学生が「ワンストップ」でアクセスできるようになりました。教員にとっても使い勝手が良く、遠隔授業を行うのに役立っています。
紙で配る予定だった資料はe‒シラバスにアップロードすれば学生と共有できますし、オンライン授業へもe‒シラバスからワンクリックでアクセスできます。教員がリアルタイムに書き込めるスペースが用意されており、授業中に新たな資料を配信したり、クイズを出して回答させたりすることも可能です(図1参照)。
オンライン講義の様子を動画として残しておき、それを学内のクラウド上にアップロード。e‒シラバスに動画ファイルへのリンクを貼れば、受講できなかった人も授業を見ることができます。こうしたことが可能なのは遠隔授業の便利な一面だと感じています。
オンラインでも座学は同じように実施できる
―鹿田先生は1年生から3年生まで計300人ほどの学生に授業を行っています。オンラインでの授業は、対面での授業と比較していかがですか。
対面がベストなのは間違いありませんが、遠隔授業の良いところを挙げるとすれば、学生の出席率が高いことです。学校に来なくても、どんな格好をしていても、遠隔授業は受講できます。これまで私が行った4回の遠隔授業では、欠席者はほとんどいませんでした。
今後行っていくレポートや試験についても、e‒シラバスを活用すれば通常の授業とほぼ同じように実施できると考えています。試験問題をダウンロードできる時間や、解答をアップロードできる時間を区切ることで、試験問題を配布し、解かせ、回収する、という教室と同じ作業がe‒シラバス上で可能です。座学に関しては、対面授業とほぼ同等のことができると思います。
―課題や問題点はありますか。
実習や実験ができないことが一番のネックです。私が担当する2年生と3年生の「測量実習・演習Ⅰ」および「測量実習・演習Ⅱ」では測定機器による計測を外に出て行いますが、オンラインではそれができません。遠隔授業だけで行う場合は、実験をビデオに撮って見せるなどの工夫が必要になります。
受講者が100人を超える大規模な授業では、学生のリアクションを見るのが難しいという問題も生じます。本学では通信の安定性や授業を録画する関係で、グループワークの時以外は顔が見えないようにしてもらっているからです。たとえ授業を聞いていなかったとしても、教員側から把握するのは難しいですね。
私の授業では、学生を指名して質問に答えてもらう、全体への質問にチャット機能を使って答えてもらう、質問に対する答えを授業後にe‒シラバスの「自己点検」に書いてもらう、といった工夫をしています。授業をしっかり聞いている学生は答えられるというわけです。
突然質問される可能性があるからか、通常の授業よりも学生に緊張感があると感じます。出席は「オンラインの記録にログが残っていたか」と「質問への回答状況」を総合的に判断すると伝えており、おおむね真面目に受けてくれている印象です。
なお、20人から30人の小さなクラスであれば、学生とのやりとりは全く問題ありませんでした。ゼミや大学院講義など3、4人での授業についても先週試してみたのですが、こちらは非常にスムーズに、活発な議論をすることができました。遠隔授業の方法については、私も毎日試行錯誤しているところです。
―遠隔授業の実施にあたり、学生や生徒の通信環境の面で苦労している学校が多いです。KITはいかがですか。
本学は全体の7割以上にあたる約5000人が県外出身者で、多くの学生が一人暮らしをしています。大学と大家さんが連携して学生をサポートする「KIT指定学生寮」と呼ばれるアパート、マンション、寮には「イーグルネット」というインターネットサービスが入っていて、大学と同じ環境が整っています。
大学と同じ環境でない人に向けては、遠隔授業を始める約1週間前からメールで状況を確認するとともに、学内にコールセンターを作って学生一人ひとりに電話をかけて、通信ができるか、e‒シラバスが見られるかを確認しました。
私の担当する学生のケースでは、1週目につなげなかった人が数人いましたが、現在はそうした連絡はありません。大学全体でも上手くいっているように思います。
反転授業などのALへ活用が進むe‒シラバス
―遠隔授業への素早い移行を可能にしたe‒シラバスは、どのような目的で整備されたのですか。
e‒シラバスは、学生の学習状態を可視化していく取り組みの中で生まれたものです。
発端は2004年から始まったポートフォリオシステムです。学生自身に学習達成度を記録させ、それを4年間貯めていくことで、どれだけ成長したかを自ら確認できるような仕組みづくりを進めてきました。
また、「CLIP(※)」という総合力の育成を目指す学習プロセスを全科目に取り入れ、各科目でどんな力が身につくかを学習支援計画書(シラバス)で明示してきました。学生にはそれぞれの項目について各授業での達成度が示され、身についた能力をレーダーチャート(図2)で確認できるようにしています。
こうした従前から取り組んできた「学習を可視化する取り組み」に加え、シラバスや成績など、学生に関わる情報を電子化、集約したものが現在のe‒シラバスです。履修状況から自分の今の総合力まで「すべてが分かるようにする」という発想で作ったので、アクセスするだけでさまざまなことができるのが一番の利点です。平時には反転授業への活用なども増えています。
―KITは「プロジェクトデザイン教育」に代表されるアクティブ・ラーニング(AL)が盛んです。その中で反転授業の狙いとは。
「人に教えることは最大の学びである」というのは多くの方が実感されていることかと思います。反転授業は、学生同士の学び合いを実践していく方法の一つだと言えます。
本学には大学院生と主に学部4年生を対象とする「シニアSA・TA」という仕組みがあります。一般的なSA・TAとは異なり、授業運営の手伝いなどはさせません。学部生と一緒に授業に参加し、教員の説明で分かりにくいところを指摘する、学部生に対し分からない部分を教える、といった役割を与えています。
反転授業を行う「測量学Ⅰ」では、シニアSA・TAに参加してもらうとともに、「臨時チューター」という仕組みを導入しました。学生にはe‒ラーニング教材を使って事前学習をしてもらい、授業では始めから小テストを実施します。テストは予習さえすればすぐに解ける問題となっていて、解けた順番に私が解答を確認。内容をしっかり理解できていれば、先着順で学生を臨時チューターに任命します。各授業で8人ほど任命する臨時チューターには、私と入れ替わって次に解けた学生の解答を採点してもらいます。臨時チューター経験は、成績の10%分(残りの90%は試験やレポート等で評価)として評価します。
このような形で反転授業を始めたところ、チューターに任命された学生だけでなく、内容を理解した学生がいたるところで教え合いをするようになりました。教室内に教え合いの雰囲気が醸成されることが、反転授業の非常に良いところだと感じています。
各学科には、1年生から大学院生まで全く授業が開講されない「共通学習時間」があります。ライブラリーセンター(図書館棟)の「ナレッジスクエア」では、この時間を利用して、シニアSA・TAを中心に授業で分からなかった箇所の教え合いをしています。反転授業を取り入れてから、この取り組みも活況しています。
予習・復習の習慣がつき学力を全体的に底上げ
―学生の授業理解度などへの影響はどうでしたか。
「測量学Ⅰ」は国家資格に関わる科目なので評価はシビアにしていますし、反転授業導入の前後で扱う内容も変えていません。
導入前にはS評価はほとんどいなかったのですが、反転授業を始めたところ、S評価を取る学生が増え、不合格者が減りました。臨時チューター経験者はGPAが高いという関係も見えてきています。
授業アンケートからは予習・復習の時間が増えていることも分かりました。なんとか合格しようと努力する学生も増えているようで、いずれも反転授業やシニアSA・TAの効果だと考えています。
現場見学の授業にも反転授業を取り入れました。事前に問題を解いておき、現場では自分の答えが正しかったかを確認させています。学生からの質問が突然増えたので、現場の方からは「何が変わったのですか」と驚かれましたね。
―それだけ教育効果の大きい反転授業や教え合いですが、通常の授業ができない状況で実践するのは難しいのではないですか。
現在も私の授業では、シニアSA・TAにZoomを用いたナレッジスクエアを開講してもらっています。対面ではないですが、分からないことがある学生にe‒シラバス経由で集まってもらい、通常と同じように教え合いをしています。オンラインでもやれないことはありません。
―e‒シラバスのさらなる活用について、展望はありますか。
e‒シラバスにはさまざまなデジタルデータが蓄積されていきます。それらを上手くリンクさせれば、先ほどのレーダーチャートで示されるような「学生が身につけた能力」について、その背景や根拠を客観的に明示できるようになります。e‒シラバスの情報を連動させて、KITの「教育の質保証」を強化していくのが重要な点だと考えています。
―現在、ほとんどの学校が普段通りの授業を行えていません。教育に携わる先生方は、こうした状況にどう向き合えばいいのか、最後にメッセージをお願いします。
感染症の問題は来年以降、再発するかもしれません。オンデマンドの授業を作っておくなど、自分のできる範囲で遠隔授業の仕組みを考えて、次に同じような状況となった時にはスムーズに移行できる体制づくりを「トライアンドエラー」してもらいたいですね。
実は私たちの大学でも、以前はe‒シラバスを積極的に使っている先生は少なかった。それが今回のコロナによってさまざまな形で活用されるようになり、e‒シラバスが便利だと言ってくれる先生方が増えました。
ICTの導入が進んでいる学校とそうでない学校でできることに差はありますが、それは問題ではありません。否が応でも遠隔授業をやらざるを得ない状況だからこそ、今がチャンスです。それぞれの先生の能力と各学校が持つハードウェアを駆使しながら、ぜひ前向きな気持ちで取り組んでみてほしいと思います。