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AIが人間の仕事を奪うと言われている。ただ本来的には、AIは人間と対立するものでなく、人間を助けてくれるもの。点字ブロックで音声情報案内を行う金沢工業大学の研究からは、AIと人間が共存する未来を再確認できる。視覚障害者の人にとって便利なインフラとなるには、同時に健常者にとっても有用である必要がある。こうした考えのもとで研究が進む、点字ブロックの新たな活用方法を探る試みを紹介する。
「誰一人取り残さない」SDGsの理念から生まれた最先端の点字ブロックとは
社会にはさまざまな困難を抱える人がいる中で、2030年に向けた国連の開発目標である「SDGs」では「誰一人取り残さない」ことが掲げられる。SDGsを全学的に推進する金沢工業大学では「視覚障害者が街中で情報を得られず困っている」という問題に対して、AIやIoTの技術を用いて課題解決を目指す研究が進んでいる。言葉に関する人工知能の第一人者である工学部情報工学科の松井くにお教授による、点字ブロックを活用して道路案内や施設案内をする試みだ。
点字ブロックには、「誘導ブロック」と呼ばれる進行方向を示す線状のものと、「警告ブロック」と呼ばれる危険箇所や誘導対象施設を示す点状のものの2種類がある。松井教授の研究は、「警告ブロック」の突起に黒いマークをつけて点字ブロックをバーコードのようにコード化することで、それに対応したメッセージを流せるようにするもの。メッセージは地図情報や位置情報をAIに読み込ませることで、自動生成が可能だという。
1枚の点字ブロックには突起が25個あるので、2進数でそれぞれに「1、2、4、8、16、32…」と数字を割り当てることで約3000万通りのメッセージの登録が可能。たとえば「2」の突起と「16」の突起に黒いマークをつければ「18」を表すことができる。
視覚障害者が実際に使用する時には、まず白杖の先につけたカメラで点字ブロックを読み取る。その画像をスティックコンピューターが認識してメッセージがヘッドフォンから流れる仕組みだ。視覚障害者にとっては耳からの情報が命となるからこそ、耳を塞がないように、耳の手前の骨で音を聞く「骨伝導フォン」を使用する。メッセージが流れても周囲の環境音についてはそのまま聞こえるように配慮しているのだ。
点字ブロックは「黒い矢印マーク」をつけて方向性を示すこともできる。点字ブロックに対する立ち位置によって直進か右折かが変わるような場面でも、4方向に対応した適切な案内を1枚の点字ブロックで行うことが可能だ。
身近な課題を解決して視覚障害者の外出を促す
今年の1月には金沢市がAI技術を市民生活に実装するためのプロジェクトの一環として、金沢駅の構内で実際に視覚障害者が参加する実証実験が行われた。参加者の反応について松井教授はこう振り返る。
「8人の視覚障害者の人に使ってもらい、非常に好評でした。実験に参加して案内の音声を聞いたことで、今まで知らなかった休憩所の存在を知ることができたという声もありました。
視覚障害者の人が外出時に一番困るのはトイレです。単に『ここを右に行けばトイレがある』という案内だけではダメなのです。なぜなら、それだけでは男子トイレと女子トイレの配置が分からないからです。一度間違えて入ってしまうと周りからさまざまなことを言われ、次からは怖くてトイレに行けなくなってしまう。『右に行って5メートル先の左側に男子トイレがある』といった細かい情報でないと、実際には役に立たないのです」
視覚障害者は初めての場所を歩く前に、あらかじめ自分の頭の中にその場所の地図を描いてから外出する。現在地に関する情報を随時受け取ることができれば、その地図を描く作業がとても容易になるのだ。
松井教授がこうした情報提供の仕組みを研究するのは、視覚障害者が外に出るためのサポートをしたいと考えるからだ。現在は生まれつきの全盲の人は減少傾向にあり、高齢者を中心に後天的な弱視や全盲の人が増えている。そうした人の中には、目が見えなくなったことで引きこもってしまうケースが散見されるという。「引きこもってしまう気持ちは分からないでもない。そこを一点突破で風穴を開けたい」(松井教授)
用途やユーザーを広げて社会からの理解を深める
点字ブロックを健常者にとっても有用なインフラとする取り組みも同時に進む。同じく「情報弱者」である外国人や観光客への情報提供や、災害時に通常のメッセージに変えて避難所などの情報提供を行えるシステムを目指しているのだ。これらはアプリケーションを変えたり、コンピューターがやり取りするサーバー側でメッセージを変更したりすることで対応できる。
「用途を広げることでインフラ自体が社会に広がっていきます。視覚障害者のための案内情報だけではなく、健常者や外国人に広げるという『ユーザーの広がり』。そして、平常時だけでなく災害時にも広げるという『用途の広がり』。この2つを組み合わせることで普及につなげたいと考えています」
現在は残念ながら、点字ブロックの上に荷物や自転車を置いてしまう人がいる。こうした技術が一般に普及して、自分たちも使えるものという認識が広がれば、点字ブロックに対する扱いも変わっていくことが期待される。
「視覚障害者の人にとっては点字ブロックの突起が情報です。健常者にはそれを認識している人が意外と少ない。点字ブロックが『黒い点から情報を得られるインフラ』だという認識になれば、荷物や自転車を置くような行為は無くなるでしょう。むしろ、そういうことを無くしていくためにも、健常者も使える点字ブロックにしていくべきだと考えています」
松井教授は研究活動について「社会に問題を見つけ、それを解決すること」だとし、「常に好奇心を持ちながら世の中を見てほしい」と話す。点字ブロックの研究も単なる技術開発ではなく、オープンデータ化して誰もが使えるようにする、海外への普及促進、広告メッセージを入れてビジネスとして持続可能なものにするなど、技術を実社会で活用するためのさまざまな展望がある。今年度の「金沢市市民生活AI技術等促進事業」に採択されて研究が進むほか、来年のパラリンピックに合わせたアピールも考えているそうだ。
AIやIoTは人間の競争相手ではなく、人間の欠点を補ってくれるもの。AI技術を用いて障害者にも健常者にも便利な社会を目指す点字ブロックの研究には、そんな松井教授の考えが表れている。
金沢駅での実験の様子を紹介する動画が参加者の方によってアップロードされています。
「点字ブロックを利用した音声案内システムの実験│AIを利用した音声誘導の実験に参加しました」 (アスカネットさん)