「リベラルアーツ教育の先駆者」に訊く、グローバル時代における教育の使命|国際基督教大学

「リベラルアーツ教育の先駆者」に訊く、グローバル時代における教育の使命|国際基督教大学

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「リベラルアーツ教育の先駆者」に訊く、グローバル時代における教育の使命


教養学部長 毛利勝彦先生
本誌でも毎年取り上げるリベラルアーツ教育。取り入れる大学が年々増えつつあるのは、グローバル化が進む現代社会において多くの分野で統合的な「知」が必要とされているからにほかならない。日本におけるリベラルアーツ教育の先駆的存在である国際基督教大学(ICU)・教養学部長毛利勝彦先生に、リベラルアーツの歩みと今後めざすべき高等教育の方向性についてお話をうかがいました。

グローバル社会が求めるリベラルアーツの再興

―ここ数年、教育業界でも産業界でもリベラルアーツが注目を集めています。日本の大学では先駆者であるICUのリベラルアーツ教育には、どのような特色があるのでしょうか。

それを説明するにあたって、まず日本におけるリベラルアーツの歩みや歴史をお話ししましょう。

時代を遡ると、大正デモクラシーと呼ばれる戦間期は日本だけでなく世界的にリベラルな空気が流れていて、当時の旧制高校ではいわゆる〝デカンショ〞(デカルト、カント、ショーペンハウエル(①))といった西洋の哲学古典を読むことが流行しました。おそらくそのあたりが日本のリベラルアーツの源流ではないかと思います。ところが、のちの大戦で日本は一気に全体主義が蔓延したのです。その反省に立って戦後導入されたのが、自由に学ぶための一般教育でした。ICUは戦後間もない時期に、教養教育を重視する大学として設立されました。

その後70年代や80年代の教育改革を経て、大学は専門性を重視した教育に舵を切りました。やがて90年代に入ると、世界では急速なグローバル化と情報化が進みます。この時代の波を乗りきってイノベーションを起こすためには、従来の専門化した高等教育では難しく、もっと幅広い「知」が必要です。そんな状況を背景に、日本だけでなく世界的にリベラルアーツを見直す流れが生まれました。かつてスティーブ・ジョブズ(②)がアップルを「テクノロジーとリベラルアーツの交差点」と称したことは有名ですが、あの発言もリベラルアーツの重要性を世界に強く印象づけました。

―90年代というと、日本では大学設置基準の大綱化が始まったころですね。

おっしゃる通りです。日本でも有名私大を中心に「英語でリベラルアーツ教育」を行う大学が広がってきましたが、これは近年のグローバル化とリベラルアーツ再興の流れを受けたものです。このようにリベラルアーツの流れや歴史を見ていくと、ICUの特色もおのずと見えてきます。戦後間もない創立時から現在まで、ICUは「日英バイリンガルでリベラルアーツ」を実践してきました。それは単にバイリンガリズムを謳っているからではなく、2つの言語で「自分の文化と他者の文化を複眼視的に見る」ことが重要だからです。〝日本語でリベラルアーツ〞または〝英語でリベラルアーツ〞ではなくあくまで「バイリンガルで学ぶ」。これが本学の伝統でありこだわりですね。今年のキーワードでいうと、「二刀流」でしょうか(笑)。

新時代の高等教育はπ(パイ)型モデルへ

―メジャーリーグの大谷選手ですね。

はい。大谷翔平選手(③)の強みについては、投手と打者の2つの目を持っていること、とよく言われています。でも、彼は高校時代に外野手も経験しているんですね。投手と打者の目、そして球場全体を見渡す目。複数の目で試合を捉えてプレイできることが彼の真の強みだと私は考えています。そして「複数の目を持つ」ということは、リベラルアーツで広い学問領域を学ぶことや、複数の言語を習得することと同じなのです。

今までの大学の学問は、入学したら専門性を磨くため1つの道を進みました。これをI(アイ)型とすると、ICUはT(ティー)型。一般教育で見地を横に広げて、全体を俯瞰できる〝鳥の目〞を持ってほしい。そして全体像を見たうえで自分の専門を決めていく。ただ、21世紀はもはやT型でもなくπ(パイ)型の時代になっていると思います。3つの目を持つ大谷選手のように、学問にも言語にも、もう一つの視角がほしい。ICUでは文理にわたる31のメジャー(専修分野)が用意されています。そしてひとつのメジャーをおさめるだけでなくダブルメジャー、あるいはメジャー、マイナー(④)という選択の方法があり、学びの軸を複数持つことが可能です。そして他大学のように大学が作ったカリキュラムに学生が「すり合わせる」のではなく、学生自らが大学のリソースを「組み合わせる」という点も、非常にICUらしい特色だと思いますね。

こうして培われた学問に対する主体性と複数の視点は、これからの時代に求められる課題対応力、あるいはコンピテンシーを養ううえでますます重要になってくると思います。

日英バイリンガルから、 「2+1」人材の時代に

日英バイリンガルから、「2+1」人材の時代に

―複数言語の習得については、ICUではどのように取り組んでいるのでしょうか?

これまでは日英バイリンガリズムを掲げていましたが、先ほど申し上げた通り日本語と英語の2カ国語だけではもはや現代の激しい世界の動きを捉えるのは難しく、もう一つ軸があるといいと思います。そこで本学が標榜しているのは2(日・英)プラス1(その他の言語)です。プラス1は国連公用語でもいいし、ローカルな言語でもいい。何かもう一つ言語を持てば、より相対的なπ型の視点が得られるのではないかと思います。

そのため、「世界の言語(⑤)」というプログラムを用意しています。これは選択科目ではありますが、大学としてプラス1を選択したくなるような仕掛けはいろいろ設けています。例えば、本学で国際関係学を教えていらっしゃる前国連大使の吉川元偉教授はICU出身です。彼は日本語と英語はもちろんスペイン語が非常に堪能なんですね。こうしたロールモデルとなる方々に接することで、複言語の先に広がる新たな世界や可能性を学生に感じてもらいたい。そこから何か気づきを得て、自主的にプラス1を選択する、というのが理想ですね。

―なるほど。自ら気づき、学ぶ学生であってほしいと。

はい。それがインテンショナル・ラーナー(自発的学修者)を育む、ということなのです。また本学の近年の状況をお話ししますと、90年代以降グローバル化が進み、母語が英語でも日本語でもない学生が増えてきました。これは非英語圏で過ごした帰国子女だけでなく、世界的に人の動きが活発になったからです。これまで英語の語学プログラムのクラスは日本人学生が大半でしたが、今は母語が日本語でも英語でもない学生が入り混じり、それが新たな多様性を生んでいます。日本だけでなくロシア、中国、ベトナムなど、いろんな国の学生が一緒に英語を学ぶ。そこに時代のダイナミズムを感じますね。

国際社会で必須の修士号を最短1年で取得できる

国際基督教大学(ICU)・教養学部長毛利勝彦先生

―そんな時代の変革とともに、大学制度も大きく変わってきました。ICUでは5年間で学士・修士の学位を両方取得できる5年プログラムを2012年より導入されています。その背景について教えてください。

将来的に国際公務員やグローバル企業などへの進路を考えると、修士号の取得はもはやグローバルスタンダードです。修士の学位は取りたいが、早く社会に出て働きたい―そんなニーズから生まれたのが5年プログラム(⑥)です。さらに来年度からは、同プログラムで外交・国際公務員養成、あるいは責任あるグローバル経営者・金融プロフェッショナル養成のためのモデルカリキュラム(⑦)もスタートする予定です。

でもこうした事情を抜きにしても、5年プログラムはICUでもっと一般化させたいですね。孔子は『中庸』という古典のなかで、学問とは「博学・審問・慎思・明弁・篤行(⑧)」という5つのステップを経て完成すると説いています。最後の「行う」ところまでが学問なんです。そしてリベラルアーツは、幅広い分野の知識を統合的に学ぶことで物事を多面的に考え、問題解決のために行動する人間を育てます。広く学び、それを深め、その学びを自ら実行する

―学問思弁行は儒教の思想ですが、リベラルアーツの本質と照らしても理にかなっていると思いますね。

また「プロフェッショナル」という言葉はキリスト教に由来しているのをご存知でしょうか。自分は社会のために何を為すべきかという声(calling)を聴き、そのために「行動する」、と告白(profess)をした人をプロフェッショナルと呼んだのです。洋の東西を問わず、儒教でもキリスト教でも「学び」はやがてプロフェッショナルにたどり着くんですね。だから個人的には、5年プログラムがいずれはICUのデフォルトになればいいと思っています。

―そのような展望も踏まえて、ICUではこの先どのように他大学と協働していくお考えでしょうか?

ICUは国際性への使命(I)、キリスト教への使命(C)、学問への使命(U)という3つのミッションを掲げています。しかしIはもうインターナショナルではなくグローバルだ、と言われています。現代は国境の垣根だけでなく、文化や言語の垣根、あるいは学問分野の垣根さえ超えていく時代なのだということです。ここ数年を振り返ってみても、大きな金融恐慌もありましたし、気候変動や災害も起こりました。国家や民族間の紛争も尽きません。そんな地球社会の問題を解決するためには、大学の垣根を超えた「知」を巻き込んだコラボレーションが必要だと考えています。既にICUでは多くの大学と教育・研究で連携協定(⑨)を結んでいます。いいプログラムでお互いの学生が行き交うようなWin‐Winの関係で発展していきたいですね。そうしたグローバルな教育研究のネットワークのなかでICUはノード(結節点)となり、リーダーシップの一翼になれるような役割を果たしていきたいと思います。

コンピテンシーはもっと早期に伸ばすべき

キャンパス画像

―それでは最後にうかがいます。社会の変化に伴って大学入試も今後大きく変わろうとしています。そんな変化のなかで、高校の先生は生徒たちをどのように育てていったらいいのでしょうか。

学力の3要素は「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「主体性・多様性・協働性」と定義されています。これからの時代に求められる力は3番目で、これはコンピテンシーそのもの。ただ高校卒業まで受け身的な学習のままで来ると、大学だけでは獲得が難しいと思います。ぜひ一人一人が主体的に学習し、先生や生徒間で対話を重ね、多様な視点を発見できるような高校教育を展開していただければと思います。

これはある華道の先生がおっしゃった言葉ですが、華道の極意とは「花が咲いた時に一番きれいに咲く空間を作るよう活けること」だそうです。つまり、活け花とは開花のための空間づくりであると。これは教育にも同じことが言えるのではないでしょうか。花を開くのは学生自身ですが、大学はそのために最良の空間を作らなければなりません。また高校教育では入試対策を重視するあまり、知識の詰め込みで花の咲く力を弱めてはいないでしょうか? ぜひ、一つ一つの花がのびのびと開いて、来たる時代のイノベーションとなるような、そんな空間作りを高校の先生方とともに作り出したいと思います。

国際基督教大学(ICU)・教養学部長毛利勝彦先生

教養学部長 毛利勝彦(もうりかつひこ)
⃝専門 国際関係学、グローバル・ガバナンス論。
⃝主な研究テーマ 持続可能な開発と地球環境ガバナンス、グローバル・ガバナンスの国際政治経済学的接近、国際関係学のアクティブ・ラーニング(政策ディベート、ケース・メソッ
ド教授法など)。
⃝学歴
1983年 横浜市立大学文理学部国際関係課程卒業
1987年 国際大学大学院国際関係学研究科修士課程修了
1994年 カールトン大学大学院政治学研究科博士課程修了
⃝職歴
2004年 国際基督教大学教養学部国際関係学科準教授
2007年 教養学部副部長 教養学部教授
2013年 アドミッションズ・センター長
2017年 4月1日より現職

 

注釈

① デカンショ(デカルト、カント、ショーペンハウエルの略称)

ルネ・デカルトルネ・デカルト(1596︲1650)フランス出身の哲学者・数学者。近代哲学の父として知られ、「我思う、ゆえに我あり」の命題でも有名。主な著作は『方法序説』等。

イマヌエル・カントイマヌエル・カント(1724︲1804)ドイツの哲学者。ドイツ観念論哲学の祖であり、以後の西洋哲学に大きな影響を与えた。主な著作は『純粋理性批判』等。

アルトゥル・ショーペンハウエルアルトゥル・ショーペンハウエル(1788︲1860) ドイツの哲学者。ドイツ観念哲学に仏教思想や東洋哲学を取り入れたことで知られ、ニーチェほか多くの哲学者や作家に影響を与えた。主な著作は『幸福について』等。

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② スティーブ・ジョブズ(1955︲2011)

スティーブ・ジョブズスティーブ・ジョブズアップル社の共同設立者。彼自身もリード大学というリベラルアーツカレッジに在籍し、のちに中退してからも興味のある授業だけはもぐりで聴講したという。

 

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③ 大谷翔平

ロサンゼルス・エンゼルス岩手県・花巻東高校出身の野球選手。2013年に日本ハムに入団。2016年には2桁勝利・100本安打・20本塁打を達成するなど、投手と打者を両立する「二刀流」の選手として知られる。2018年よりメジャーリーグのロサンゼルス・エンゼルスに移籍して活躍中。

 

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ICUには人文科学・社会科学・自然科学の分野を網羅した31のメジャー(専修分野)がある。1つの分野をおさめる「メジャー」、2つの分野をおさめる「ダブルメジャー」、2つの分野の比率を変えておさめる「メジャー、マイナー」と3通りのかたちでメジャー選択が可能。

ICUのメジャー選択のイメージ図

 

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⑤ 世界の言語

世界の言語

英語・日本語以外の言語を学ぶことができるプログラム。9つの言語のコースが開講されており、その言語にまつわる価値観や文化・思想なども幅広く学ぶ。開講言語はアラビア語・インドネシア語・中国語・フランス語・ドイツ語・イタリア語・韓国語・スペイン語・ロシア語。

世界の言語

ICUでは日本語と英語に加えてもう1言語(2+1)を習得した、国際社会で必要とされるグローバル市民の育成を積極的に進めています。

 

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⑥ 5年プログラム

学部4年+大学院1年の計5年間で学士と修士の学位を取得できるプログラム。大学院科目を4年次から履修開始することで、通常2年を要する博士前期課程を1年に短縮。早期に高度な学位を得ることで、就職や博士後期課程への進学など次のステップへの可能性を広げてくれる。また5年プログラムの進学者は大学院入学金が免除され、さらに大学院新入学生奨学金に採用されれば1学期の授業料(施設費含む)も免除される。

 

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⑦ モデルカリキュラム

モデルカリキュラム

5年プログラムにおいて、その後のキャリアにつなげるために作られたカリキュラム。従来の4コースに加えて、2019年度から新たなコースを新設予定。

 

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⑧ 博学・審問・慎思・明弁・篤行

儒教の経典・四書のうち『中庸』で説かれる、学問の5つの心得。「博くこれを学び、審らかにこれを問い、慎んでこれを思い、明らかにこれを弁え、篤くこれを行う」(= 学問思弁行)。「博学審問」の語源。

 

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⑨ 連携協定

ICUでは教育と研究のさらなる発展を目標に、国内外の大学と組織的な連携・交流を推進している。筑波大学、東京外国語大学、一橋大学、津田塾大学、上智大学ほか複数の大学間で単位互換や施設利用、共同研究が実施されるなど、連携は多岐にわたっている。

 

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