農学×映像で「自分が伝えたいこと」を「関心のない人に伝える」-龍谷大学

農学×映像で「自分が伝えたいこと」を「関心のない人に伝える」-龍谷大学

龍谷大学農学部は、ミシュラン2つ星料理人の協力を得て、農学と映像を組み合わせて学生の発信力を養成する、アグリSDGsプロジェクト京都「映像が伝わるとは何か」を展開している。日本で他に類を見ないユニークな取り組みの狙いと効果について、プロジェクトを担当する山﨑正幸教授と石原健吾教授および、外部講師の神部恭久氏にお聞きした。

アグリSDGsプロジェクト京都「映像が伝わるとは何か」を展開

(左)山﨑正幸教授(中央)石原健吾教授(右)神部恭久さん

―プロジェクトを始めたきっかけから教えてください。

石原 以前から親交があったNHKの番組プロデューサーの神部さんから、映像を用いた情報発信に関するプロジェクトを提案されたことがきっかけです。当時はイギリスに留学していたので、山﨑先生に準備をお願いし、神部さんを講師として迎えて、アグリSDGsプロジェクト京都「映像が伝わるとは何か」を立ち上げました。当初は2020年4月から始める予定でしたが、コロナ禍の影響で1期目を秋からスタートとし、現在2期目は正課授業(全学科対象)として実施しています。

―どのような思いからプロジェクトを提案したのですか。

神部 かねがね3つの方向性を実現したいと考えていました。一つ目は、これからの学生は映像制作の技術を持っていることが大事になるだろうということ。二つ目は同調圧力が強く意見を言いにくい時でも、映像表現を学んでおけば自分の思いを伝える力がつくのではないかということです。三つ目はこのプロジェクトの主役、摘草料理でミシュラン2つ星を獲得した「草喰なかひがし」店主の中東久雄さんの存在です。食べ物、自然、人間、文明まで幅広く興味を持ち、その中で自分の食を捉えている中東さんの持っている哲学や世界観を学ぶことは、農学部生にとって、大きな意味があると思っていました。

山﨑 映像を用いた情報発信を学ぶプロジェクトは、日本の教育現場において例を見ない前衛的な試みです。このプロジェクトにおいて学生は、与えられた素材について考えたことを映像で表現することになります。これからの社会で必要になる映像技術を業界の最先端にいる神部さんから学ぶことで、通常の教育では得られない特別なスキルを身に付けることができるのです。

フィールドワークと大学の往還で映像制作を進める

―プロジェクトの流れを教えてください。

山﨑 最初に、食だけではなく、“人間としての在り方〟や“自然とは〟という、非常にユニークな考えや哲学を持っている中東さんのロングインタビューを聞き、感じたことをホワイトボードにまとめます。次に、その中から本当に疑問に思っていることを突き詰め、映像で発信する場合にどういうテーマ設定をするべきなのかを考えます。その際、神部さんから、映像を作るということはどういうことなのかという概念を丹念に教えてもらいます。テーマがまとまったら現場の取材に向かい、京都大原で中東さんと一緒に雑草を摘んで食べるなどの実体験をします。その後、お店に移動して中東さんに自分が考えてきたテーマについて取材をします。

最後にフィールドや店での映像を持ち帰って編集実習を行います。良い素材を選んでどのように画像を組み立てるのかを考え、音楽やテロップ、エフェクトなどを駆使して映像を作り、出来上がった作品について学生同士で批評し合います。そこで、他者の思いが自分とどう違うのか、自分の思いが他者にどう伝わっているのかを学び修正するという作業を繰り返して映像を完成させ、発表会を行うというのがプロジェクトの流れです。

料理人 中東久雄さん

―プロジェクトの特徴を教えてください。

山﨑 中東さんは、素材の味を大事にするため、雑草を摘み取って最短の調理で食べることを実践しています。それは命を大事にするというSDGsの理念にも通じます。野に生える雑草でも調理をして美味しいものが食べられる。こうした人間の本来の姿を知ることができることが特徴と言えます。

石原 農学部の教育全体を通じて大事なのは、単なる消費者にならないということ。この視点は、SDGsの観点からも大切です。食べ物に関して、自分で作ってみると何か発見があります。龍谷大学の農学部は、1年生全員が「食の循環実習」に参加します。田植えから始まって稲刈りをして食べる。小麦からうどんを作って食べるなど、単に食べるだけではなく、作ることを大事にしています。

このプロジェクトも映像を作って考えを人に伝えるというリアルな作業です。その手法をプロが指導することで、どういう切り口で作ったら伝えたいことが伝わるのか、学生が鮮明に理解できる教育手法をとっています。映像プラス味・香りでできている世界を自分なりの視点で切り取って人に伝えることで、自分の思考が整理されていくことがプロジェクトの魅力です。

自分の思いを映像を通して伝える方法を学ぶ

―「自分の伝えたいこと」を「関心のない人に伝える」ことをプロジェクトのテーマとしています。

山﨑 自分の思いを興味のない相手に伝えることはとても難しいことです。このプロジェクトは、映像から相手が何を感じるのかについてディスカッションをすることで、相手にどう伝わっているのかを学べる場です。関心がない人が見てもなるほどと判断してもらえるところまで持っていく技術やテクニックが身につくことを目指しています。

神部 心の準備ができていない相手に強引に何かを伝えようとしてもうまくいきません。元々興味が無い人に伝えるには、お笑いでいったらつかみ、落語でいう枕とか、最初をどう設定するかが大事です。最初で興味を持ってもらえなかったら何も始まらないので、そこをしっかりと考えることを大事にしています。

石原 大学教育の到達点である卒業論文を、関心のない人に伝えるために一番大事なことは、“伝えたいことがある〟ということです。自分は何に興味があるのかを学ぶことが大学教育の一番の目的であり、このプロジェクトを通して自分は何を伝えたいのかを深く考えることはとても大事なことです。

また、映像に関心が無い人に伝えるために試行錯誤を繰り返すことで、他者の立場に立てるようになる効果もあります。日本特有の「言わなくても分かるよね」というのは海外では通じません。国際的に活躍したいと思った時、映像制作を通じて他者の立場に立つことの大切さを学んでいることは、とても役に立つと思います。

―このプロジェクトを通じて、学生や若い世代に伝えたいことは何ですか。

山﨑 大事なことは常に考えることだと思います。このプロジェクトでは、どんな瞬間も学生は頭の中で考えています。神部さんや中東さんから与えられる課題について考えて意見を述べると、すぐに次の質問がきます。しっかりと考えて感じた上で、その伝え方について学べるプロジェクトなのです。

石原 単なる消費者にならないということです。制作した映像が人にどう伝わるかのアドバイスを神部さんからもらったり、学生同士で意見交換をする経験や映像を作ってそれを発信することで、単なる消費者から一歩抜けだせると思います。

神部 今の大人たちがやってきた方法論は通用しない社会になっているので、学生はこれまでとは違う何かを選択をしないといけません。その時に一番大事なのは、自分なりの価値観やテーマをもつことです。そのために、このプロジェクトを通して、「こういうことを言ってもいいんだ」とか「思ったことをこういうふうにしてみたら、100%ではないけど3%の人は喜んでくれた」というような実感を得てほしいですね。

―農業×映像プロジェクトの今後の可能性は。

神部 ある専門性を持つ人が“表現ツールとして映像を使うこと〟の可能性を感じているので、プロジェクトに農学部生が参加するのはとても大事なことだと思います。素材は中東さんだけなので、似た映像が多くなるのではないかと思っていましたが、みんなが違うアプローチをして、30年間、映像産業でやってきた私から見てもとても面白い作品が多かった。今後、作品が実際の社会問題の解決につながったり、学生が自分の表現を受け止めてくれたことに自信をもって社会に出ていくことにつながればいいと思います。学生の作品から、社会を良い方向に回す可能性を感じています。

―最後に高校の先生と受験生にメッセージをお願いします。

神部 大学や学部選びのきっかけは些細な関心からでいいと思います。このプロジェクトは、中東さんの話を聞いて、ふと印象に残ったキーワードを挙げてもらうことから深掘りしていきますが、物事を始めるきっかけは小さくても、進んでいくうちに広大な見たこともないような景色が広がっていることもあるので、些細な関心から進路を決めるのも間違いではないと思います。

山﨑 農学は、我々と自然のつながりを実感しぞくぞくする人間本来の感覚を思い出すことができる学問です。土や水、そして生命に触れて色々なことを感じながら勉強が出来る面白さがあります。情報社会が進む中でもベースになるべき大事な学問なので、ずっと大切にしてほしいと思います。

石原 農学の魅力は、何をするにも一番大事な健康について学べることです。食べ物が身体の中に入って出て行くという食物連鎖について学ぶことは、自分自身の健康維持はもちろん、身の回りの人の健康にも役立ちます。もっと言えば、農学を通して地球規模の食物連鎖を学ぶことは、地球全体の健康について研究し、人類が生き続けるためにどうしたらいいのかを考えることなのです。

学生インタビュー

アグリSDGsプロジェクト「映像(え)が伝わるとは何か」に参加している、多胡千咲さん(食料農業システム学科2年生)と柳澤安香さん(食料農業システム学科2年生)にプロジェクトに参加した感想や手ごたえについて聞いてみました。

(左)多胡千咲さん(右)柳澤安香さん

―このプロジェクトに参加した理由は。

多湖 映像作成の経験はありませんでしたが、TV番組のプロデューサーから映像について教えてもらえることが面白そうだなと思い参加しました。

柳澤 映像の編集に関する親の仕事を手伝っていたこともあり、放送局で働いている方から映像について教えて頂けることに興味を持ったことがきっかけです。

―プロジェクトを通じてどのようなことを学びましたか。

多湖 動画の作り方とかインタビューの仕方以外に、興味が無い人にどう伝えたらいいかとか、答えのない曖昧な問題にどう対応するかということを勉強しています。

柳澤 自分自身の中の疑問を言葉にすることができるようになりました。周りの意見に流されがちな方でしたが、自分が何について知りたいのか、何について疑問に思っているのかを徹底的に神部さんと話すことで、自分自身を改めて知ることができたことが、一番の学びです。

―自分が成長したと感じるエピソードはありますか。

多湖 今、まさに動画を作っている最中で、考えたテーマに沿って撮影が終わり、編集している段階なのですが、撮ってきたものを見直すなかで立ち止まったり、撮影をし直したりと、試行錯誤を繰り返してもがいている状況です。将来振り返った時、ここに様々な学びがあったと思えると感じています。

柳澤 自分が伝えたいことはあるけど、それをどのようにしたら上手く伝えられるのかというところで苦労しています。自分自身が面白くても相手は面白くなかったりするので、なるべくたくさんの人に伝えるにはどうしたらいいのかというところでかなり悩んでいるところです。

―今の学びを将来どう生かしていきたいと考えていますか。

多湖 興味のない人にどう伝えるかとか、答えが無い事を考え続けるという、今学んでいることは、将来、どのような仕事についても、さまざまな場面で生かせることができると思っています。

柳澤 自分自身が何をしたいのか、自分の中の軸がぶれないようにしないと、これからの人生で後悔することになると思います。自分を知ることは、就活や社会に出てからも生かせると思うので、自分自身を見つめるということを将来もずっと続けていきたいと思います。

完成した映像は1月頃に公開予定。農学部HPからご覧ください。

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